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2006.07.22

それぞれの趣味、それぞれの浪費

業として、あるいはその補助として、もしくは職を得るために、というようなことでなければ

何のために?-日々是自己主張

目的の目的を探ると、そのまた向こうに別の目的がある。アクセスが増えた。たくさんの人から意見をもらえた。それで? その先は? アクセスを維持し、たくさんの人と交流するための努力はいったいいつどのような形で終わりを迎えるのか。そもそも、そのような努力に意味はあるのか。

努力は飽きるまで続くでしょう。
意味は時に(考える必要も)ないかもしれませんね。

たとえば登山でもオーディオでも釣りでもたぶん同じことで。

何のため?と問う"門外漢"に対して論理的で合理性のある説明がままならないから、
かける時間と費用に対して損得勘定や生産性といった概念が崩壊するから、

それを「趣味」と呼ぶのかもしれません。

さらに「やってみればわかる」かといえばそうとも限らない、面白みを感じるかどうかは人それぞれだし。

経験を積むに従ってルーティンワークというか"毎度のこと"の比率が高くなっても、
時にその「いつも」の段階での手ごたえの無さに虚しくなるときがあっても、
それをすることでなぜか精神のバランスが保てている(ような気がする)なら、
何のため?と問われれば「精神の安定のため」と答えればいい。

そしてその先にある(かもしれない)新しい経験や発見のヨロコビが続ける糧になるのでしょう。

……「その先」に際限がないから泥沼にはまりこむわけですが(笑)
というか「趣味」であるがゆえにはまりこむ泥沼というのがあるのでは?
それでも書き続ける私たち、というのは、まさに・・・


まぁ画面に吸い取られる膨大な時間はさておき、
たとえば園芸より乗り物より映画よりおカネはかからないでしょうから、
「ブログする」というのは手軽といえば手軽な「趣味」なのかもしれません、
もし面白みを感じることが出来るなら。

書きようによってはリスクは高いかもしれませんけど。

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» 自分の楽しみと同じぐらい、他の人は自分の楽しみを満喫している [ひとりごと]
 ネトゲをやっている時に、言われた事がある。何故ネトゲをするのか? そんな事をしても、何らスキルがつくわけでも無く、他の趣味に比べてメリットが無いんじゃないか、とか。野球をやるなら体力がつくが、ネトゲをやっても、時間だけ喰って何もならないじゃないか、とかね。同じく、野球でのつきあいは本当の人間関係を生むが、ネトゲの人間関係なんて、友達と言ったって脆く儚い繋がりでしかないじゃないか、とか。... [続きを読む]

受信: 2006.07.22 19:41

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