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2007.07.23

娯楽の場となったシステムに敢えて抗おうとする意味がわからない。

ところで小倉さん自身はここひと月ほどの自身のブログとそれをとりまく状況をどうお考えなのでしょう。
私の補足した範囲でもすでに2箇所で提起されていますが:
ekken: interlude 実名主義の小倉さん
髭暴 - 秘芸ちょう - なんだかんだ言って小倉氏も

というのは、後でまとめて訴えられたりしたらかなわんなと。ガクブル。
弁護士自身に訴えられたらそれを相談できる弁護士というのは存在するのかしら?


さて。
la_causette: 真っ当な神経の持ち主に参加を回避させるシステムに敢えてする意味がわからない。
誰かが自分の名前を騙って自分の社会的評価を低下させるようなエントリーを書き続けたり、あるいは、誰かが自分を誹謗中傷したり悪質なデマを流布したりすることによる精神的並びに経済的な損失を回避することは、ブログを開設しないことによってはできません。
意味が分かりません。 自分がブログを開設したとしても、他人によるそれら行為の『回避』なんて不可能ですよ?
回避しうる害悪は、コメントスクラム等程度だということが言えます。
意味が分かりません。 そもそも"コメントスクラム"ないしは"ネットイナゴ"と名づけられた現象に対する議論でしょうに。 話の本質を踏み外さなかった結果に対してなにが「程度」ですか。
たとえば社会問題に言及したとして、それが「居酒屋談義の肴」程度で上げたものであれ本当にシリアスなものであれ、全くフラットに扱われ(時のネタとして)消費されてしまう、それが(少なくとも日本語圏における)ブログの現状であり本質だと申し上げているわけです。

『「質」への幻想』から逃れられない方々へ何度も、何度でも繰り返しますが、ブログというものはもう既に娯楽のフェーズへと"進化"を遂げきった後であるという現状をまずしっかりと認識してください。
(念のため申し添えますが、上記はその是非を論じているのではなく、単に事実を記述したのみであることに注意ください)

その上で、それでもなお、
現状を鑑みるに当面"犠牲"が出続けることは避けられそうにないにも関わらず、その屍を積み重ねてまでもブログなるものの質的価値を僅かばかり延命させようとする意味がどこにあるのか私にはよくわからないです。

そんなことよりも、『現実社会にトレーサブルな属性を明らかにした者のみに限定され、かつ現実社会におけるメリットを享受する目的で、質の高い"大人の会話"を行うことのみに限定される場』を新たにどこかにつくりあげようとしていくことの方がよほど現実的です。

ブログというのはシステムの呼称であって使い方は人それぞれ、とは申しますが、現実社会へのポジティブフィードバックが機能しうるか、ということについて一般論で申すならば相当に悲観的でありましょう、正直にそう伝えることがせめてもの「誠実さ」だと考えます。

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