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2007.08.28

とはいえ、「信じるものは救われる」感なきにしもあらず。

前のエントリの続き、のようなもの。
トラックバックできないようですが、
相変わらず新興宗教が流行っている | AlbinoAlbinism

社会構造からくる閉塞感と将来への不安を背景に、それらをあたかもWebやネットが打破してくれるような幻想を(中略)与えようとする。これを妄言と呼ぶのは中身が嘘っぱちだからだ。(中略)小学生でも俄かに信じがたい幼稚な妄想が多数のブクマを集めるのは、彼らの抱いている不安感の大きさを反映している。まるで新興宗教だ。教祖様のありがたい説教に対して、お布施や壺の代わりに喜んでブクマを寄進している。

そうそう。
その「希望」に対する「信心の発露」としてソーシャルブックマークしてるんじゃないのか、と思えることがありますね。
自分のこととして考えたときに、その「希望」の側に乗っかれると本気で信じてるのか?と、強く問い詰めたくなるときがあります。

だけどね……
その誰かさんと同じように「希望」を語ると、これが結構ウケてる(反応を得てる)んですよね。
私みたいに「絶望」を語ったって、まずウケない(苦笑)。
ネットに、少なくとも「ブログすること」に対しては、これはものすごくはっきりしていますよね。

いや「私が」見られない(←読まれない、ですらないことに注意!)のはどこかの落選候補じゃありませんが「ひとえに私の実力不足で」という以外のなにものでもないにしても、
"半径ワンクリック"でも「希望」を語るのはよく引っ掛かるのに「絶望」を語るのはまずお目にかかれないのだから、つまりそれは始めから存在していないかまたは淘汰されて届かない、ということで。

……で、
信じて同じように「希望」を語るとウケやすい、
ということは「つながり」もできやすい、
ということは単純な確率論で言えばそこからなにがしかの現世利益(笑)を得る可能性もUP!するわけで。
実際どれほどのものかはともかく、結果的に「信じるものは救われる」感なきにしもあらず。


まぁ、だからといって私は実体験を通した「私に見える現実」に嘘はつけませんので、その「ご利益」の列には並ばないし並べないわけですけれども。

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2007.08.27

真に受けすぎだと思うよ:その2。

そんな「マジメな読まれ方」の結果なのでしょうか?

Say::So? - ライフハックを知りたがる使いもせずに無意味にありがたがる奴は嫌いだ。

ライフハックとされているものをありがたがって、使いもせずに拝んでいる人たちが嫌いというだけだ。使ってみないで、実際にやってみないでどうしてよいかどうかわかるんだ?と思ってる。ましてや、それさえあれば幸せになれる、成功できると信じてしまうのはどうなんだと思っている。

誰に問い質したわけでもない全くの想像ですが、「自分の実体験だの置かれている環境だのにひきつけた読み方」をするひとって稀有なんじゃないかなあ、と思いますが。
(批判するときには結構実体験ベースで考えてると思うんですけどね)

たいていは、単に『自分にとって「目から鱗」の発想』に対しての「すごい!」という感情の発露、という程度なんじゃないかなあ、と感じるのですが、べつに「私もするよ!」という決意表明の意味で反応している(ソーシャルブックマーク等の、ってことですよね)わけじゃないでしょ、と。
好意的な反応を返したということと"中の人"がリアルで実行するということとは直接つながらないように感じますが、違うでしょうか。

身も蓋も無い表現になりますが、誰かの何かを読んで「すごい!」とは思えど、"みんな"、実際(リアル)は「きょうと同じあした」を生きるのでいっぱいいっぱい、なんじゃないのかなぁ、なんて(^^;。


……つまり結局、ワイドショーを見るようなノリなんだと思うし、だから「拝むが如き反応」があったからといって(少なくともリアル世界への影響という意味で)そんなに真に受けることもないと思うよ、と。
少し、いやかなり願望も込めて。

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2007.08.22

伝わりますか今夜は──億千万のpermalink

悪いブロガーに なっています
アルファの守るアクセス 消えてくださいな♪



替え歌はともかく。

ココログ(フリー含む)だけで二千数百万エントリが世に出たことになります(トラックバックURLを根拠として:現時点でフリー以外が1620万+フリーが763万)。

他社サービスの話ですがこんな記事を見つけました。
<インプレス INTERNET Watch>「livedoor Blog」登録者数が215万人突破

ということは……
ブログサービス業者がいくつあるのか知りませんが、日本(語圏)だけで、
数百万(千数百万?)人の書いた、
数億(十数億?)のpermalinkがネットに漂っているわけです。
(そして増え続けています)


「億」ですよ……。
みんな、
検索サービスがいくら発達しようと、
実はその有無さえ定かではない「自分にとってのシグナルを見つけ出せ」ますか。
そして、
(日に3桁やそれ以上のアクセスが安定してあるならまだしも、そうではない)みんな、
「書けば誰かには(その文字列に込めた想いも含めて)きっと伝わる」と信じ続けていられますか、
検索サービスがいくら発達しようと(いや却って発達するからこそ)。

本当は気付いていませんか、
本当は実感していませんか。

まるで信心の深さを競うように、それでも希望の言葉ばかりを綴りますか。

「宣伝と現実の落差に戸惑う人」をこれ以上新たに増やすことはなかろうと思うのですが、
ましてや「ネット上の失敗など大したことではない」と言い切れるほど牧歌的ではなくなったというのに。


抑えてたけどやっぱり投稿。

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2007.08.18

私の居場所はどこですか

通りすがりの競馬中継でリンガフランカという名の馬が出ていてびっくり。

さて。
Lingua furanca. お題 第10回
「で、オマイラ。次は何するよ?」
ということで、童謡"いぬのおまわりさん"の替え歌でトラックバック送ります。


迷子の迷子のTristar
私の居場所はどこですか
ブログで書いても読まれない
SNSでもダメダメで
にゃん にゃん にゃにゃ~ん
にゃん にゃん にゃにゃ~ん
嘆いてばかりいるTristar
Webのおまわりさん こまってしまって
わん わん わわ~ん
わん わん わわ~ん

迷子の迷子のTristar
理想の読者はどこですか
「読まれてナンボ」と思えども
書けども書けども淘汰され
(以下擬音略)


……そして幾つのウェブサービスを試せばたどりつけるのか
安住の地を見つけ出すまで
答えは風に吹かれている
答えは風に吹かれている


なんか違う替え歌が混ざった。まぁいいか。

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2007.08.11

淘汰される側からみた、棲み分けのススメ。

リンク元表示で言及頂いたことに気付きました、が……なにから再説明申し上げればよいやら。

すちゃらかな日常 松岡美樹 みんなの意見(集合知)が正しい場合と、そうでない場合

「集合知は常に有効だ」とか、「必ず正しい」なんていう極論は書いてない

えーっと。
前稿冒頭は、有効とか正しいとか以前の、「そもそも集合知といえますか?」という問いかけのつもりだったのですが。

ともあれ定義をいくつか並べていただきましたので見に行きましたが、集合知の構成要素であるところの「個」の質に対する規定を確認できませんでした。
したがって(ある程度の)質や目的意識といったものが暗黙の前提であるのか不問であるのかが不明確ですが、
話の流れからはかりに「不問」であるとして『ブログの圧倒的多数は娯楽目的で質(への意識)に乏しくとも「総体」としては集合知になりうる』という理解でよろしかったでしょうか(ファミコン敬語)。

そうであるとして、かつ、

いや現にGoogleは、玉も石もあるネットの大海から、効率よく有益な情報をすくい上げている。

『淘汰は「総体」としてうまく機能している』としたのが前稿2番目の図示

であり、
もしそうであれば結果的には同じく3番目に図示した「上質なもののみのゲーテッド・コミュニティ」と実質同価値であり、

そして、わたしたち「石」として淘汰された圧倒的多数の存在意義が確認できません
(囲い込めばわざわざGoogle等になど頼らなくとも済みますし)

無益なだけであればまだしも……
ここまでは「総体」の話。



ここからは個別の話。
無益なだけであれば「玉」にとって影響はないかもしれません。
また総体として淘汰が決定付けられていてさえ「同じフィールドで発信できること」そのものをありがたく思う人も少なくはないかもしれません。私にもそういう部分はあります、たとえばこうして一見気軽に(まぁ実際は2日ほど逡巡するのはザラですが)言及できたりするわけですから。

……そしてこれこそが個別には無益なだけでは済まない点、ですよね。

前稿での結論は引用された部分ではなく、

生業がらみの真剣なブログに気楽にヤジられたんじゃそりゃ迷惑でしょうが、
全くの娯楽で気楽にブログしてるのをふざけるなと怒られても困るしかないわけで。

それらが一緒くたに存在していることがブログの"不幸の本質"ではないのですかと繰り返し申し上げているわけですが。


ということなのです。

小倉さん(たち)の嘆きの根本もこの「気楽にヤジられる」点ですよね、トレーサビリティがどうのというのは対策の話(の一例)であって。



結果、松岡さんの説かれるような『ブログで集合知』という方向性(その有効性や正しさは関心外)からみれば、わたしたち「淘汰される側」のポジティブな影響は確認できず、ネガティブな影響のみが確認できることになります。

ぶっちゃけ(死語)それは非常にキツいわけです。
それでもわたしたち「石」を放逐してしまえ、というのも一法ではありましょうが、
なにぶん数の上では圧倒的多数を占めているわけでありまして、
また認証等を必要とするのもあなたがた「玉」の方でありましょうから、
そちらであたらしい場を作るのが早道かと愚考するわけであります。

長くなりましたのでしめますが、ともかくですね、目的別とか意識別とか分け方の議論は必要でしょうが、それぞれに「棲み分け」をすることをもっと考えたほうが良いのではないかと思うわけです。

ワンストップ・サービスといいますか、ある一つの場になんでもかんでも存在させる、というのが、
本当に「おたがいにとって幸せで効率的」ですか。

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2007.08.05

トラックバックURLから推測したココログ総投稿数の推移(1600万編)

※あくまで「トラックバックURL末尾の数字が通し番号」と仮定して

サービス開始:2003.12.02


100万:2004.07.20(頃と思われる):約230日
200万:2004.11.18:約120日
300万:2005.02.19:93日
400万:2005.05.05:75日
500万:2005.07.17:73日
600万:2005.09.18:63日
700万:2005.11.09:52日
800万:2006.01.04:56日
900万:2006.03.08:63日
1000万:2006.05.10:63日
1100万:2006.07.18:69日
1200万:2006.09.22:66日
1300万:2006.12.09:78日
1400万:2007.02.21:74日
1500万:2007.05.08:76日

1600万:2007.08.04:88日
(末尾の日数は各100万区間に要した日数)
graph

*グラフの末尾数字サンプルは自分の全投稿(同一日に複数投稿した場合は最後のもの)

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2007.08.04

現実世界へのメリットや有益有能が前提なら、それ専用の場でするのが効率的だと思うよ、という図示。

「ネットのオープンさ」に対してなのか、「ブログ」に対してなのか、
ともかくそれらに過剰に期待しすぎてはいませんか。

すちゃらかな日常 松岡美樹 インターネットの「リアル世界化」は正解か?

インターネット上に存在するデータ(文章その他)は、集合知である。

本当ですか。
"日本の"ネット(とくにブログ界隈)においても?

期待派のみなさん、どうも視線の先が限定的、というか。

シナトラ千代子 - 匿名実名論争をムダにしないためにも小倉先生にお願いしたいこと

ところが小倉先生の話を読んでいると、こんな感じなのです。

「匿名の有益でも無益でもないエントリー」が(中略)そのあたりが一番「一般的なネットユーザー」であり、数も多いと思えるのですが、そこをすっぽり落として議論を進めて

だとするとWeb2.0だのブログの可能性だのを煽るひとたち/煽られて夢見るひとたち(この点において松岡さんを指す意図ではないです)、というのは、
(以下、図は無断改変)

「上質なもの」以外を存在しないことにしてしまっていませんか、と思うのです。
ある意味小倉さんよりタチが悪い(笑)。

まぁマクロ的には個性の実力による優勝劣敗というか淘汰がそこそこ機能しているのかもしれませんが、
皆さん例えば迷惑TB/コメント等のノイズ除去には苦労されておられるように個々人の対応レベルで見れば淘汰がなかなか機能し得ない現実があるわけですよね。

何度目か分からないくらい繰り返しますが、自ら発信することおよび付随するコミュニケーションにおいて、圧倒的多数にとっては全くの娯楽目的であって質への要求/欲求というのはそんなに大きくないはずで。

何でもかんでもネットでオープンにすることが"集合知"とやらの集積に有利である、ということが「言語文化圏や民族性に因らない世界共通の真実である」と決まった(証明された)わけでもありますまい。


la_causette: 初心者にこそ実名でブログを開設することをお勧めする。
才能を生かしてエントリーを公表したのであれば、そのことによる社会的評価の向上や人脈の豊饒化等の現実社会でのメリットを享受してもらいたい
すちゃらかな日常 松岡美樹 インターネットの「リアル世界化」は正解か?
匿名だからこそ書かれていた無数の有益な文章、才能ある書き手が消えてしまうとしたら損失が大きすぎる。

実名匿名どっちにしたって才能を生かしたエントリー・有益な文章が前提なのであれば、
Gated
実名匿名のメリットデメリットに話が矮小化されてまとめられつつある件について。(2007.07)より再掲しますが:
『我は「玉石の玉なり」と信ずる者たちの"ゲーテッド・コミュニティ"』

のなかで発信/コミュニケーションを行えばメリットを得るにしろ"集合知"の醸成にしろはるかに効率的ではないのでしょうか?

松岡さんは

単なるインターネットのリアル世界化ではないのか?

と仰いますが、「編集された対談録」などではない(専門家同士の)生のコミュニケーションが数多く存在しうるのでしたらリアル世界との差異化に充分なるのではないかと。


生業がらみの真剣なブログに気楽にヤジられたんじゃそりゃ迷惑でしょうが、
全くの娯楽で気楽にブログしてるのをふざけるなと怒られても困るしかないわけで。

それらが一緒くたに存在していることがブログの"不幸の本質"ではないのですかと繰り返し申し上げているわけですが。
それでも「ブログを出よ」ということには頷かれない(とくに真剣派の方)のはどういうことなのか。

「ネットのオープンさ」に対してなのか、「ブログ」に対してなのか、
ともかくそれらに過剰に期待しすぎてはいませんか。

リアル社会や生業に関わるようなシリアスな話をする場にブログを選ぶというのは(徒労と言い切ることはいたしませんが)少なくとも「効率的ではない」と思うんですけどね……。

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2007.08.01

梅雨も明け 夏真っ盛りの 青空に

・・・と、本当はここに夏空の写真を貼りつけるつもりだった・・・


東北も梅雨明けしたとのニュースで。
もう八月、夏本番ですが。

しかしTwitterの賑わいも長続きしますね。
個人的に全くの予想外でした(笑)。


4月に言及したときに

まぁTwitterそのものの賑わいが続くかどうかは別にしても、

って表現に止めておいてよかった。
飛びついたみんな、梅雨が明けるまで(サービスの存在を)憶えてるんだか、って皮肉らなくて、
本当によかった。


関連かも→とりとめもない連想(2007.05)

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