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2008.03.06

型から入るのも一法、型を楽しむのも一興。

いいじゃないですか、「それ自身を目的とする」というのは、ピュアで。

サイトは自身の中かわ湧き上がる何かが抑えきれずに漏れ出て来たもの - 最終防衛ライン2

サイトってのは、自身のアウトプットの発露であり、自身の中から湧き上がる何かが抑えきれずに漏れてきたものだと思うのです。(中略)それ故に、サイトを作りたいけど内容が思い浮かびません。。。 などという質問は考えられない。サイトってのは何かをしたいから開設するのであって、サイトを作ることが目的なのは愚の骨頂。

そうかな?

ブログを始めた(始めたい)理由が「ブログしてみたいから」、というのは決してレアケースではないと勝手に思っているのですが。
十年と少し前の「パソコンブーム」「(第一次)インターネットブーム」がそうであったように。

大抵は三日坊主で放り投げてしまうだろうし、まして(繰り返し書いてきましたが)今のこの時代にあまり無邪気に飛び込むのはどうかとは思いますけれども、
そうやってまず"型から入る"ことで、そこに何かを見つけることだってあるかもしれないわけで、("型から入る"ことそれ自体を)そう強い調子で非難することもないかなという気もするのです。型から入ってもダメだった前稿みたいな例もありますがね(どっちやねん)。
(まぁ、個人的には発信のリスクについて充分脅しを効かせたいですが、それは別問題で。)

「ブログするのが目的」から(運よく)「○○の目的のためにブログする」に移行できればそれで良し。
そうでなくても……

「ブログすること」自体に価値を見出したのであれば。楽しめるのであれば。
それはむしろ"純粋さ"としてもっと評価されてもいいのではないでしょうか?

『「食べるために飛ぶ」のではなく「飛ぶことそれ自体」を愛する』かもめのジョナサンのように。といったら美化しすぎか(笑)。


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