« 受け継がれる儀礼、引き継がれない議論。 | トップページ | この現実に、悲しくなる。 »

2008.08.06

「長文」のカルチャーギャップ

承前

同じく"脈々と受け継がれる日本文化的気遣い"とでもいうべき定型句に「長文失礼します(しました)」なんてのがありますね。

昔々。
今の……えっと……百万分の一!?の、
1200bpsが「高速」であったような時代、しかも通信料も電話代も従量課金でしたから、長文ならタイトルに【長文注意】と入れるのがマナー、と言われたときからの名残なんだろうと思いますが。
(私が実体験してたわけじゃないです、2400bpsは経験してますが)

いや、ね、
そのころでも「長文」っていうのは(1行35~40文字で)30行とか40行こえたらとか、それ以上の場合の話だったんですよ。

それが、今。
ときたまブログのコメント欄とか巨大掲示板(のまとめブログ)とかで見かける「長文失礼(orスマソ)」のフレーズ、たとえば本文10行無かったりするのにそんなこと書いてるの。


あれだけは理解できんなぁ……(^^;;;。
まさしくカルチャーギャップ。


もしかしてあれですか、
ケータイの画面からあふれたら「長文」の範疇に入るわけ?


ということで久々にアバウトミーで質問作ってみた。気が向いたかたはどーぞ。


|

« 受け継がれる儀礼、引き継がれない議論。 | トップページ | この現実に、悲しくなる。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2663/42077703

この記事へのトラックバック一覧です: 「長文」のカルチャーギャップ:

« 受け継がれる儀礼、引き継がれない議論。 | トップページ | この現実に、悲しくなる。 »