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2008.10.24

だいじに聴こうよ、やっと手に入れたその曲を。

以前にも書いたのですが。
まぁ、今よりは「だいじに聴く」ようには、なるかもね。(2007.12)

いつまで音楽はCDにこだわり続けるのだろう? - 北の大地から送る物欲日記

ネットを使えば音楽を地域やジャンルによる在庫数など関係なく、どこからでも容易に入手できる方法が実現しうると分かっているのに、(中略)目を向けない日本の音楽業界には本当にため息しか出ない。

真っ当な意見のようにも思えて、しかしどうにもモヤモヤするので、一日置いたのですがやっぱり。

全くの情緒的な考えを書きます。

入手をどんどん容易に、低廉に、というのは、入手したそれを一回こっきりで聴き捨てることにつながらないのですか。名付けて、『ディスポーザブル・ミュージック』。
いや一回でも聴かれりゃまだいいですよ、ダウンロードしただけで満足して一度も再生されなかったりして。

ですから、

(積極的にネット音楽配信を提供してくれるアーティストは非常にありがたい存在だが、そんなに多くはいない)

これは、そりゃそうでしょうよ、とも思わなくもないのです。
だれだって、聴き捨てられたくはなかろう?

すこし昔のシングルCDのミリオン続出の時代、ニュースか何かで読んだ話ですが、「みんなと同じものを買う」ことが目的、別に聴くわけじゃないの、なんて若年層が大量にいたとかいなかったとか。

自分のアンテナの方向が違うだけかもしれないですけれども、このあたりの件について演奏/歌唱者、今はアーティストというのですか、の「声」があまり聞こえてこない気がするのですが。
もし自分の好みのアーティストが「規制推進派」だったり「アンチ配信派」であることが明らかになったなら、みなさんは宗旨替えするのでしょうか、それとも見限るのでしょうか。


初代iPodがでたときに、たしか約10000曲収納できるんでしたっけ、それがネットでものすごい興奮をもって語られていた頃、リアル友人との忘年会だったかで「10000曲も入れてほんまに聴くわけあれへんやないか」とその存在を否定されまくっていたのを今でもよく覚えている私です。

だけど、実際そうじゃない?
ほんとに好んで聴くなんて、(非圧縮の)CD1枚におさまる程度の曲数じゃないんですか?

音楽を真っ当に対価を支払って購入して楽しもうという人にとっては、選択肢は(買う・レンタルする)か(買わない・レンタルしない)のどちらかしかない。せっかく聴きたい音楽を見つけられても、正当に(買う・レンタルする)という手段が存在しない場合には、(買わない・レンタルしない)しか選ぶことができない。
乱暴なことを言えば、それでいいじゃないの、と。

もっと「だいじに」聴かれるべきじゃないのかなと。
味わって。
繰り返し。
いま手の中にあるライブラリを、
あるいは「やっとの思い」で手に入れる、その楽曲を。

だから、百や千の単位で「安易に」ライブラリを増やせるように、なんてのは、(それはつまり、(一つ一つは)ろくに聴かれない、ってことですよね?)どうにもモヤモヤするのです。

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