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2009.11.24

発信者と受信者の思いは、そう簡単には重ならないから。

結論:他所で書いたことを丸々再掲するのもアリだと思う。ただし、発展を望むなら少し時間をずらしてみるとよいかもしれない。


twitterの呟きをブログにダラダラ載せるな : web-g.org:

もしかしたらその呟きの中には面白いものもあるかも知れないけど、その取捨選択は俺の方でしろって?メンドクサイ。せめて面白いと思うものだけピックアップするとか、

発信者が面白いor伝えたいと思うつぶやきと受信者が興味をもつそれとはほとんど重なることはない、というごく基本的なことを忘れておられるような気がいたします。
ブログでも、渾身のエントリがスルーされて、適当な走り書き風味のものがえらい人気になって、ということはあまねく経験されていることと思いますが。

何を面白いと思うかは人それぞれ、という意味では、丸々再掲、というのもひとつの方法ではないかな、とは思います。


とはいえ、パソ通上がりのわたしとしては『マルチポスト』に対して非常に抵抗があるのもまた事実でして、自分ではしないと思いますし、また自分のTLは(ログアウト中の分含めて)全部見ていますので、自分のフォローが日次ログを即再掲していたら正直多少イラッと来ることはあるかもしれません(苦笑)。
回線速度が何百倍になり、しかも従量課金ではなくなっても、「ネットに使える時間」までは劇的に増えるはずは無い以上、受信側の立場からすれば、「複数の場所で、同じひとが書いた同じ文章を、近接した時間の中で繰り返し読む羽目になる」のは、確かにロスかもしれません。


ですから、再掲するにしても、少し時間をずらしてみてはどうでしょうか?

一回書いたら伝えたいことが伝えたいひとに伝わる、なんてことはありえないですから、
発信者と受信者の思いを近づけようと思うなら何度も掲げるしかないのです。
ブログ=繰り言2.0なんです。
ただ、「近接した時間の中で」繰り返しても発展の可能性は低かろう、と思いますので、つぶやきをブログに再掲するにしても多少(数日から数週間)ずらして載せてみたりすると、たとえTwitterのフォロワーとブログの読者が重なっていたとしても、元の投稿時には読まれていなかったひとからの新たな発展が見込めたりするかもしれません。

……ひとつのアイデアとして。

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