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2010.03.07

続・Twitterに勝手な期待をおっ被せる罪

ちょっと、「ツールの限界」いうもんを、冷静に考え直してみたらどない?

リアルタイムでは知らなかったのですがクリックしていったらたどりついたコレをいまさら読んだのですが:

Togetter - まとめ「【3/5再更新】チリ大震災関連のタグの使い方、及びそこから派生したRTの教訓」

議論はわかりました。
けどね。
そもそも『Twitterがそんなシリアスな事柄を扱うように設計されてはいない』ことを(少なくともまとめられた中の)誰も気づいていない、ってどういうこと?ただ書かなかっただけ?

タグの混乱だって"脊髄反射的"RTだっていまに始まったコトじゃなし。
それらを安易にされたら却って混乱する──ましてや善意が発端だけになおタチが悪い──ような、「シリアスかつ急を要する事態」を扱うように設計されたものではないことくらい、ベテランさんなら承知のはずではないのでしょうか?
もとは「他愛もないつぶやき」のために作られたものだということをお忘れですか?

そんな"無邪気な基礎"の上にいくら屋上屋を架したところで混乱を防げるわけもなく、無邪気にもシリアスにも使いづらいシロモノになるだけではないのでしょうか?

以前にも書いたのですが、
Twitterに勝手な期待をおっ被せる罪(2010.01)

要するによってたかってTwitterに勝手に過剰な期待をおっ被せすぎなんですよ。
違いますか?
「ツールの限界」というものを、冷静に考え直してもいいのではないでしょうか?

様式美(笑)なのか脊髄反射なのか叩かれてる
3月6日付 よみうり寸評の:

流言飛語が怖い災害時も使えるか。「綸言(りんげん)汗の如し」。

という部分については聞かなければいけないと思いますが。


なにもTwitterに限らないですよ。
考え直すべきは『オープンなネットコミュニケーションの限界』ということそのもの、で。
いつでも「無制限」で「双方向」なのが最上ですか?
そんな無邪気な話、ないと思いますが。

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コメント

こんにちは、引用された記事をまとめたwindcreatorと申します。
記事を拝見させていただきました。

私自身も、『もとは「他愛もないつぶやき」のために作られたもの』だとは認識しております。
だからこそ、ドラえもんの秘密道具を未来人の想定以上に使いこなしてしまうのび太君のように、「もっと利用できないか」と考えるのではないかと、私は思います。
(今回はその期待が無闇に大きすぎる、というお話だと思っております)
そもそも私自身は普段、「他愛もないつぶやき」ばかりで、140字での創作を楽しむツイッター小説や好きな漫画などの話を楽しんでいる一人です。

私が今回思ったのは、善意が幾度も繰り返し空回るのを、せめて交通整理できたら気持ちよくなるのでは?、という問題提起としてです。
なので、「たかがツイッター」と思うか、「されどツイッター」と思うかの立ち位置が違うだけで、Tristarさんと同じことを思っているように感じました。
貴重なご意見の記事を大変にありがとうございました。非常に勉強になりました。

投稿: windcreator | 2010.03.08 14:34

たかが、というわけでもないのですけれど、「公共ノ福祉ニ資スル」みたいなことを前提に持ってこられたら、もう"使い方は人それぞれ"とか言ってられないわけで、それはどうなのかなと。
(出自はともかく、現状こうなってしまったことに対してTwitter Inc.がどういう腹積もりなのかはわかりませんけれども)

ただ、危機管理やら何やらの点で、シリアスな情報を流すなら、やはり最初からそれ専用の設計をしたものを使うほうがよろしかろう、とは思うわけです。利用者のモラルがマナーがリテラシー教育がどうの、というのを(今回のようなことの)「解」にできるとは、正直思ってはいませんので。

投稿: Tristar@管理人 | 2010.03.08 15:05

コメントの意見には全面的に私も同意します。
本当に災害などで活用するには、公的機関がなりすまし対策を施した上で災害専用の仕組みづくりをしないとツイッターの災害時利用など到底無理だと、私も思います。特にタグ関連など混乱を助長しそうです。
(地域ごとに重要情報を流す機関をリスト化して平時から周知するなど、可能性としては多くの情報を効率よく必要な人に届けることが出来そうだとは思っています)

かといって、現状ではツイッターのために仕組みづくりをするほどツイッターが普及してもいないと思いますので、これからどうなるかはツイッターの可能性を主張する(あるいは期待しすぎている)人々や、まだツイッターを知らない人も含めた未知のことのようにも思います。

それとはまた別に、面白い使い方を広め、空回りや使い方の悪さによる不快な思いを少なくするにはツイッターをする人、一人ひとりがちょっとずつでも「誰もが気持ちのいい使い方」を考えたらいいと思ってのまとめでした。
(災害時のツイッター利用が主題ではなく、普段からの意識の方が私にとっての主題でした。その点、力不足で非常に長く、まとまりのないまとめになってしまい申し訳ありません。)

投稿: windcreator | 2010.03.08 16:02

んー……
わたしの個人的な考えでいえば、Twitterを『真顔で』使うのはおよしなさい、と。
そういう意味で政治的なものとか稼ギ(ノタメノ人脈ツクリ)目的だとかと同じ理由で災害関連も忌避したい領分だったりします。
そういうことのために生まれたものじゃないだろうと。

ですからコメントの前半の『ツイッターで』というのは、その前提を外して考えたいなと。
(おそらく災害云々のことでいえば.go.jpドメインの何かが最適なんだと思いますが)

後半で書かれたような「純粋に」「楽しく」「笑顔で」使うためになにかを考えようよ!という趣旨であれば何の異論もございませんが。

投稿: Tristar@管理人 | 2010.03.08 21:13

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