2015.04.23

ダークサイドに堕ちないで(Twitterと過ごした7年)

ったく、もう……
公式からして #統一地方選 のハッシュタグ作って、さらに #選挙に行こう ってかい。
アメリカ(生まれ)のいち私企業に、そんなこと指示されたくはない!
大きなお世話じゃ(Googleもやで!)。

そしてそれは「ダークサイドへの第一歩」ではないのですか。


以前から何度も繰り返し繰り返し書いてきた(リンク先はほんの一例)けど、(リアル世界の)政治/選挙に関わろうとするなど、どうか踏み止まっていただきたい。
向こう側からの要請に対して場所を貸してあげる、ならまだしも、自らすり寄る・主体的に関わろうとするなど。

幸いなことに「いま現在は」かつて憂慮したほどには本職の側で本気で活用しようという状態にはないようですが……


十年ほどの昔になりますが、
「ウェブの希望」を語ったいくつかの著書で日本のネット世界を席巻したものの、「残念」の捨て台詞を遺してオープンな舞台からお隠れあそばされた"職業オプティミスト"さんが存在しておりまして。

その彼の御著書に曰く、
『ギークは"スター・ウォーズ"の世界観に依拠する共通言語を持っている』

とのことでしたが、それは嘘でしたか。
それとも「残念なウェブ」の技術者からは消え去ったのですか。

あの映画から──特にEpisode1~3から──導き出されるものがあるとするなら、政治に色気を出すというか、自分たちが主体的に関わろうとする野心、それこそが「ダークサイドへの第一歩」だ、ということではないのですか?
光明面を保つためには、ある程度浮世離れ(憂き世離れ)しておかないといけない、ってことではないのですか?


それぞれがいち私企業にすぎないウェブサービス各社に「無色透明であること」を求める、というのも過剰すぎる期待であるのかもしれませんし、ユーザーが無料で使えていることの意味を考える必要はあるのですけれども、
カジュアルに使っている、オープンを標榜している、それぞれのサービスが実はなんらかの党派性を持っちゃってたりするとか、特定のイデオロギーに深くコミットしている、もしくは排除している、なんていうのは、「見たくない光景」です...よね?


……ということで、Twitterのみならずネット業界の皆々様には、今一度、「政治との距離」というものをご確認いただきたく。


──Twitterをはじめて7周年の日に。

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2012.05.17

静かに眠れ、ノスタルジー(と破れた夢)を抱いて。

ネットがかつて「(自分にとって)有益、かつ真実の」情報を受け取る場であった頃へのノスタルジーと、
もう来ることのない"ネットの未来"への破れた夢を抱いて、いまは静かに眠りなさい。

そして目覚めたら、この惨状に向き合いなさい。


どこにリンクしようかと思っていたらこんなまとめが。

試される虚構新聞: やまもといちろうBLOG(ブログ)

発端の嘘ニュースへの是非はどちらもそれなりに"ごもっとも"ではあるわけですが、
言っちゃ悪いが"たったこれしき"のことで3日もネットが沸騰してる、ということは。

このままネットを「情報源」として扱うかぎり、
たぶん次の大災害のときにはネット情報が元で相当悲惨なことが起こってしまうだろうねぇ、と。
そりゃまぁ、ネットで救われるひとも1000人くらいはいるかもしれませんが、
それと同時に、混乱の中で数万、数十万がニセ情報の"犠牲"になるかもしれません。

あなたとあなたの周りは前者だなんて、なんでそんな無邪気なこと思えるんですか???

虚構新聞は風刺サイトじゃないよね - novtan別館:

それを無条件に許容するのはウェブの将来にとってマイナスであると

『ウェブの将来』なるものは、あきらめるべき時です。

先月書いた通り、わたしもわたしの手の届く範囲では個別撃破を試みることもあります、だから本件においても「虚構新聞けしからん」と声を上げることが全くの無意味であるとは申しませんが、
かといって"ネットの未来"といったような大きな話であれば、もうどうしようもないわけですよ。

前稿でTwitterに限定していた話が、1か月もないうちにソーシャルメディア全体の話として言い換えないといけない事例が出てきました。

ホントいいかげんこの惨状に向き合いなさい
そしてネットとの向き合い方を考え直すべきです。


そしてこの騒動の中でまた意を新たにしたことは、
ソーシャルメディアは選挙活動には断じて、絶対に解禁してはならない、ということ。

"たったこれしき"のことでネットが沸騰するんですよ?

ネット選挙解禁を叫ぶ夢想家連中は「デマは厳罰で規制すればいい」なんて寝言を簡単に言いますが、
公選法違反で実際に動き出すのは絶対に投票時間が終わった後なんですけど?(ポスター破り以外は)
実影響が出る前にどうやってそれを削除するんですか?
ネットに国境は(ほぼ)ないのに、どうやって規制するんですか?
誹謗とホメ殺しをどうやって線引きするんですか?
投票結果に影響が出てからいくら厳罰に処したって遅いんですよ!!!

どこかの新聞のコラムで解禁派が
『未来永劫解禁しないわけじゃあるまいし、こんなことすら変えられなくて何が政治か』
みたいなことを書いていましたが、冗談じゃありません。

寝言は寝てからにしてほしいと、心底思います。

もう来ることのない、来てはならない、ネット選挙への破れた夢を抱いて、いまは静かに眠りなさい。

そして目覚めたら、この惨状に向き合いなさい


……冷笑家は何も生まない?
そうかもしれません。

だけど、「変えなくていいものを変えることによって起こる不幸」を生み出すよりはマシです。

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2012.04.23

「デマッターでいいのか!」って?…答えはYesだ。(Twitterと過ごした4年)

いいかげん諦めろよ、おまえら。

いつまで「正しく教導できる」なんて夢見てるわけ??
ましてや、意志を持ってヘンテコな言説を流す奴らに。

……もちろん、触法事案はダメですよ。
脅迫も名誉棄損も侮辱も、リッパな刑法犯ですぜ、旦那。


「デマッター」「馬鹿発見器」という蔑称が定着して相当の時が過ぎました。
『Twitter事件簿』というにはあまりにも多い事案が生まれました。

(あいつらを)なんとかしろ、という声は高まる一方ですが。

……なんともなるわけがないでしょう。
犯罪告白はともかく、デマといわれるものの多くは(少なくともその発信源は)、それなりの意志を持ってツイートされたものじゃないんですか。
誰がどうやって「正しく教導」できる、というのですか?

常々「発想を変えろ」って言ってるでしょう。

むしろ、「真顔を排除」したらええやん。(2011.06)

具体名を出して悪いけど。
『東スポ』や『ゲンダイ』の見出しを(電車の中なんかで見て)真に受けちゃって騒ぐひとはどうしたって一定数出ますけれども、
だからといって「なんとかしろ」だの「リテラシー向上が望まれる」だの言うの?
そんなの真顔で言ったとしたら、そっちの方が嗤われるでしょうが。

同じように考えればいい、それだけの話なんですよ。

そこを見るすべてのひとが、そこの信頼性を"タブロイド紙程度のもの"と心得る、そうすることでしか、(意志を持って為された)デマを無力化する方法はありません。
「デマッター」でいいんですよ。……正確にいえば、よくはないけど、今更どうしようもないんだから。
(繰り返すけど、触法事案はダメよ!)

だから、
"フツーの人"にとっては、もう、バカで暇な部分の発露(『バカと暇人』じゃないよ!)にしか使えないし、
"公的機関の中の人"がこんなところで発信することで自身の信頼を汚す必要はないことに早く、一刻も早く気付くべきだし、

(ほかのソーシャルメディア含めて)こんな代物を選挙活動に使うなんてことは、断じてあってはならないんですよ。

ブログやTwitterを「選挙運動」に使うことには、明確に反対します。(2010.04)
夢想への反論(2011.08)


念の為申しておきますが、わたし自身のタイムラインはデマRTなども飛んでくることのない、非常に平和なものにございますので、誤解なきよう。
(清く正しく美しく、かつ楽しい、かどうかについては、微妙だけどね(暴言))


──Twitterを始めて4年目の日に記す

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2012.01.17

ステマが露わになって、本当によかった。(ネットde選挙運動にNoを!)

外食評価サイトを皮切りに、あれよあれよと芋づる式に"クチコミ偽装"事例が露見しているこのごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。

あまりの展開の速さに、むしろ「旬の話題」にすることで、桜の頃…は無理でも、五輪の頃には完全に"はるか過去の一事件"になるよう"マーケティング"しているんじゃないかと思ったりもいたしますが、実情はなにひとつ変わらないままで、ね。


いやぁ、でもね。
こういう言い方は当事者には悪いけど、こんなレベルの話で露わになって、本当によかった。

それが「邪なもの」であり、しかし「決して明確に識別も根絶もし得ないもの」という共通認識が育まれる結果になって、本当によかった、と思います。


……そう、だから、次々明らかになるこのような事態を目の前にして、
まだ「ネットでの選挙運動を解禁しろ!」なんて寝言を言うひとは居ませんよね?

(少なくとも本邦において)ネット上でなにかをオープンに評価する試み、というものがどういう事態を招くのか、皆様、よーくお分かりになったことと思います。


もし仮に、まだ「解禁しろ」なんてさけぶ奴がいたら、そいつはカネをもらえる予定の"工作員"に違いない。
ステマ叩きが「是正処置」だとすれば、そいつらを全力で叩き潰し、いまのうちに完全に芽を摘んでおくべきです──「予防処置」として。

『ごく少数"真に受ける"ひとがでてくるのは致し方ないとしても、圧倒的多数にとっては実際の投票行動に一切の影響を与えるものではなく、ただただ娯楽として、デマと工作のカオスを楽しむためだ』と誓えるのであれば別ですけど。
……無理ですよね。

ならば、わたしたち自身を守るために。
"ネットde選挙運動"に、明確な「No」を突き付けましょう!


ブログやTwitterを「選挙運動」に使うことには、明確に反対します。(2010.04)
夢想への反論(2011.08)


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2011.09.03

心ある者たちよ、ソーシャルな場から「志」を叩き出せ!

今月も恒例の繰り言のコーナーですよ、っと。

夢想への反論(2011.08)
むしろ、「真顔を排除」したらええやん。(2011.06)


……ったく、2011年にもなって、まだそんなこと考えるひとが沸き続けるわけ?

No Border : お題 第5回:

これからの日本を良くするために、ブロガーでこそ出来る事を提案してください。

ひとりひとりを詳しく知るものではありませんが、"No Border 12人衆"の皆さんも、
そんなブログを嬉々として読みにいく皆さんも、
ネット歴、そして『「しらないだれか」とのネットコミュニケーション』についても相当に豊富な経験値をお持ちのことと思います。
だったら。

ブログが「デマ」と「異民族排斥」と「2chまとめ」に覆い尽くされている現状を、
Twitterが「デマ」と「犯罪告白ウォッチ」と「大喜利」に覆い尽くされている現状を、
そこにちょっとばかりの「志を持った提言」を入れたところで無駄無益の極みだということを、
理解していないわけじゃないでしょう???


"日本を良くしたい"という心があるならば。
そのための「志を持った提言」を、ブログをはじめとするオープンなソーシャルメディアに無邪気に上げようとするひとに、団結してその無益さを説得し続けるべきでありましょう。
シリアスな話は、それ相応のディスカッションができる「閉ざされた場」に行くべきだ、と。

現実世界へのメリットや有益有能が前提なら、それ専用の場でするのが効率的だと思うよ、という図示。(2007.08)


日本(日本語圏)の『「ソーシャルなんとか」に書き込んだ内容そのもの』によって、世の中に(プラスの)影響を与えたり、あるいは筆者が(好ましくは経済的裏付けを伴って)高い評価を得る、そんな可能性は、際限なく低下の一途であると思うんですよ。

諸国事情は存じませんが、もし仮に「ブログで世界を良くする」ことがこの先実現したとしても、「日本を良くする」ことはできない、そう思っています。

それをするには、もう、日本のインターネットは、進歩しすぎたのです。

『生存。社会化。娯楽。これが進歩だ。』(2009.06)

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2011.08.01

夢想への反論

「ネットから(リアルの)政治に打って出よう!」などという夢想は20世紀のうちに卒業しておいてほしかったですが。
せめて黎明期から種をまいておけば多少は違ったかもしれませんけれども……

すべてが娯楽になった世界に在りて君は何を想うのか(2006.09)

ブログやTwitterを「選挙運動」に使うことには、明確に反対します。(2010.04)

"こうなってしまった"日本(日本語文化圏:以下同じ)のネットでいまから、なんて、
もう遅いし、やめてほしい。

Life is beautiful: 「ネット新党」構想:

・民意の反映
ネットから寄付をした日本国民は誰でも会員になることができ、重要案件に対して票を投じることができる。党内での政策議論は、会員に議事録もしくはustreamの形で公開し、重要案件はすべて会員全員のネット投票によって多数決で決める。

ふーん……
完全にオープンではないだけマシ、とは言えるかもしれませんが……

なにかを、世の中に「風を起こす」だけのなにかをつくりあげようとするなら。
メンバーは、高く、しかも「方向の揃った」志を持つひとびと、である必要があります。

間口を広げればそれだけ、冷やかしも、別の意図を持ったひとも、ネガティブなひともやまほど来ます。

つまり、人が増えれば増えるだけ、全体の熱意は下がります

現実世界へのメリットや有益有能が前提なら、それ専用の場でするのが効率的だと思うよ、という図示。(2007.08)


(全てとは言いませんが)あまたのネットコミュニティにおいて、「自治ルール」の改定を議題に上げた途端、議論百出のうえ修復不能な溝ができてコミュニティ自体が霧散、というケースをわたしたちはいやというほど目にしてきたはずです。
ましてや寄付とはいえカネがかかってるんです(笑)、皆簡単に退くわけがありません。

国を治めるはるか以前、まず「内輪のルール作り」で頓挫する未来が目に見えるようです。


そして何より。
脊髄反射とレイシズムに覆いつくされた日本のネットで「政治」をしようなんてやめてください。お願いですから。

百歩、いや百万歩譲って国内自治はいいとして、外交問題を世論に、ましてや"ネット世論"に委ねるつもりですか?
冗談じゃない、と思います。


まぁ反論ばかりでもアレなのでフォローしておくと、言われるような「半直接民主制」みたいなのは、町村レベルでは活きるかもしれません。
たしか公費でネット回線を整備済み、といった村がいくつかあったように記憶していますし。


とはいえ、基本的には。
「ネットから(リアルの)政治に打って出よう!」などという夢想は20世紀のうちに卒業しておいてほしかったですが、まぁ仕方ありません。
夢見る少年少女の皆様(および、若い心をお持ちの諸兄姉)におかれましては、"日本のネットの現実"を直視され、一日も早くそのような考えに絶望されるとともに、「ただ享楽的に使うべし」と宗旨替えされますことを、心より願ってやみません。


『生存。社会化。娯楽。これが進歩だ。』(2009.06)


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2011.04.08

「お上」が来る、ということ

公共機関ソーシャルメディアポータル » 国、地方公共団体等公共機関における民間ソーシャルメディアを活用した情報発信についての指針

このニュースを「無邪気に」「諸手をあげて」歓迎したひとたちは、
おのれのその単細胞でど近眼な思考回路を深く反省すべきじゃないんですかね?

総務省|東日本大震災に係るインターネット上の流言飛語への適切な対応に関する電気通信事業者関係団体に対する要請

すくなくともこれに対して「言論統制だ!」とかなんとか吹き上がる資格はないですよね。

それとこれとは表裏一体。当たり前でしょう?


「お上」が業務として活用しよう、というのだから。
その場が「大喜利に沸く"ふざけた"場」であっていいはずもなく、
ましてや「デマの巣窟」であるなど言語道断であって、
これを機にネット全体の"清浄度"を高めようとするのは至極当然の発想でしょうに。

ただ無邪気に「お上がすり寄ってきた」とか勝利感を味わってたの?
この国で「大喜利」と「公の情報」が仲良く並んで共存できるとか思ってたの?


石投げて追い払え、というわけじゃないし、
下手に「go.jp」ドメインでなにかを構築されるよりも合理的で、(負荷対応の意味で)信頼もありそうに思えるのですが(苦笑)、……


「お上」が「真顔で」ドカドカ入ってくる、ということは。
それだけ「遊ぶ余裕」が狭くなる、ってことですよ?
「ネタをネタと(略」という"逃げ"が通用しなくなる恐れだって十分にあるわけですよ?

そんなのが、あなたがたが『望んだ未来』ですか???


いわゆるソーシャルメディアに公的セクター、「お上」が来るのが、
ほんとうに「無邪気に」「諸手をあげて」歓迎されるべきことなのか。
来ようとする側も、受け入れる側も、皆様にはぜひとも考え直していただきたく。

続・Twitterに勝手な期待をおっ被せる罪(2010.03)

万人が『娯楽』と認める、その日まで。(2010.04)


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2010.04.05

ブログやTwitterを「選挙運動」に使うことには、明確に反対します。

いまのところ日経だけしか報道していないようですが。
「ネット選挙運動」解禁へ :日本経済新聞

繰り返し繰り返し書いてきましたが(末尾リンクとそこからのリンク参照)、
選挙運動に使うべきではないと考えます。
深く深く憂慮します。
強く強く考え直していただきたく思います。


こんな、ブログやTwitterという、『瞬時の盛り上がりが命』であるようなところに投げていい事柄ではないはずです。

いいことを言っても、大量のログにあっという間に押し流されて忘れ去られるのです。
それと同時に、ちょっとした失言はいとも簡単に袋叩きの材料にされるのです。

刹那の評価で切り刻まれて捨てられることを望むのでしょうか?

なかには緊急性の高い事柄もあるでしょう。
しかし基本的には、行政や司法に比べてみれば、立法というのは「長期の視野で」「冷静に」考えるべきはずのものではないのでしょうか。
ましてや日々の活動ではない、選挙運動、つまり、公約に対してどうのこうのと話をするのであれば尚更のことでしょう。
そのような「シリアスな話を」「じっくりと行う」ようには設計されていません。


以前にも書いたことの繰り返しですが、
字義通りの「情報源拡大」として、
従前の選挙公報や(左記訂正:選挙公報は完成から投票日までの間各都道府県選管のサイト(総選挙の場合)に掲示され、閲覧可能です)政見放送の延長線上のものを、いつでも閲覧・視聴できるように、
ということであればすぐにでも取りかかればいい(ただしセキュリティには最大限の配慮をした上で)、と思いますが。


ネットコミュニケーションにどれほど高尚な幻想を抱いておられるのか分かりませんが、
強く強く強く、考え直していただきたいと思います。



関連:
失笑を通り越して、これはもはや恐怖。(2009.12)
Twitterに勝手な期待をおっ被せる罪(2010.01)
続・Twitterに勝手な期待をおっ被せる罪(2010.03)



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