2019.09.29

そろそろ『Web2.0反省会』を出版してほしい頃

もう昔話のたぐいになりますか、Web2.0を喧伝したあげく、「"日本の"ウェブは残念」と捨て台詞を残して表舞台からお隠れあそばされた自称"職業オプティミスト"さんが居られました。
その後のさらなる残念さは、ここを読まれるような方々のほうがより詳しくかつ身に沁みておられるものと存じますが……
なんのことはない、太平洋の向こうでも、ネット上のフェイクニュースが力を持ち、あまつさえかの国の大統領選挙に影響を与えた、というではないですか。

2000年代以降、"Web2.0"と、あるいは"Wisdom of clouds"と書き散らし、「個人が個人の資格で雑多に発信すること」の集積をやたらに「価値あるもの」として喧伝されてきた皆々様にとっては、これら現実は"みんなの意見"は"意志をもって偏らせた意見"and/or"注目集めて稼げりゃなんでもあり"に勝てなかった、という「明確な敗北」であり、あなたがたが無駄に"ウェブの個人発信部分の価値"を高めてきたがゆえにそこを喰われた、という点で、価値を高めることに尽力したあなたがたはその共同正犯と言っていいでしょう。

「量が質に転化する」のは、たしかにある一定の閾値までは正しいのでしょう。
ただ、衰退させずその閾値を維持できた例も、閾値を超えて質を維持できた例も、わたしは知りません。


エンタメに徹してりゃよかったものを。
人が皆持っている「バカで暇な部分の発露」にとどめておけばよかったものを!


さて、そろそろ。
『失敗の本質』のように後世の視点から見た学者による研究ももちろん有用ではあるのですが、ここはひとつ、『海軍反省会』のごとく、
純粋に可能性を夢見たひとも、そこに稼ぎの鉱脈を見つけたひとも、みんな集めて、"Web2.0"を、"Wisdom of clouds"を喧伝し、必要以上に「個人が個人の資格で雑多に発信する場」の価値を高めることに尽くした皆々様自身による「敗北検証」をぜひとも出版していただきたく願うものであります。

……もちろん電子書籍など論外、ネット書店も排除した、リアル書店限定流通の「紙の書籍」として。

 

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2019.02.22

さよなら、トラックバック。

つらい。
そういうお前も長い間使ってないじゃないかと言われても、そのシステムごと消えるのは、やはり「つらい」としか。

「ココログ」全面リニューアルのお知らせ(2019/3/19): お知らせココログ:@nifty


・トラックバック機能の終了

※すでに受けた情報は保持します。

このココログからもトラックバック機能が消えてしまうそうです。
ついに来たか、という感じでもありますが、……


ほんの3カ月前に書いたし、何度も書いてきたことの繰り返しにはなるけれども。

トラックバックによるコミュニケーション機能を消したら、ブログをブログたらしめるもの、他の何とも違う「ブログの特徴」とはいったい何なのか。だれか教えてください。
前世紀、HTMLをちまちま手打ちしていた「ホームページの日記コーナー」と、変わるところがなくなるじゃないですか?


なにごとか言及したけりゃ相手構わずトラックバック撃てていた、なんて2010年頃まで、
ブログなるものが世に出てから10年足らずの、そっちのほうが「特別な時代」だった、というのもまた確かではあって、
考えずにそんなことできる"空気"ではなくなって久しく、ごくまれに言及したいと思った相手先のブログサービスからはすでにトラックバック機能が取り去られていて、あるいは最初から実装されてすらいなかったりして。

(おそらくは)ココログ内でも上記の発表は淡々と受け入れられて、ひっそりとその役目が幕を下ろし、むしろいままでよく残ってたな、と思われる、それこそがトラックバック機能の時代不適合さをよく表しているのでしょう、理屈としてのそれは分かりますよ、分かるのですが、……


あるコミュニティで和気あいあい、活発にコミュニケーションできていた「つながり」は、場を変えた途端に不思議と続かなくなるものです。
だから。
ブログが廃れたらほかの何かに移ればいいじゃない、ということではないんですよ。
基本ブログで得られたつながりは、ブログというシステムの中でしか続かないから。
これからはその維持すらも、ものすごく困難になるということでして。
言及したよー、と、わざわざTwitter辺りでメンション飛ばすの?なんか違うでしょう。


最後にひと花、せめてトラックバック送りあいましょうとか、できもしないし、
ただ静かにその日が来て、また過ぎてゆくのでしょう。


……さよなら、トラックバック。



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2018.12.02

言いっぱなしを、ブログと言えるか!─ココログ15周年

インターネット世界の中でこれだけ続くのは奇跡に近いと考えるのはマイナーなのか、
今日もココログトップページは通常運転のようですが……
ココログと、1日遅れで始めたこのブログは、15周年を迎えました。


先祖返りしていますよねという話は10周年エントリでも書いたのですが。

ココログのシステム的にはかろうじて残っていますが、
最初からコメントやトラックバックの機能をつけなかったブログサービスもいくつか出てきて、
古参事業者でもトラックバック機能を取り去ったところがいくつかあるようで……

(ブログページでの、直接の)コミュニケーションがなくても、Webに残すLog──というのがブログの語源──に違いないと言われればそうかもしれませんけど、コミュニケーション機能を「システムとして」実装していないのなら、前世紀の「個人ホームページの日記コーナー」と選ぶところがなくなるんじゃないですか?

コミュニケーション以前にエントリ書いてもいない私が何かを言えた義理ではないのは棚に上げて、
どのみち自分だってネットの向こうのだれかとコミュニケーションしてないですけど、

システムとしてコミュニケーション機能切ったら、それは前世紀への退化でしょう。
いやまだ掲示板機能がついていただけ個人ホームページのほうがマシか。
個人が勝手にただただ言いっぱなし、一方方向の世界をブログといえるか?それは望んだ未来か?


……『ブログというフォーマット』に対する帰属意識、みたいな話がどこまで伝わるのか分かりませんが、
ともかくグチるしかない周年エントリでございます。


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2017.12.02

あしたの平穏のために─ココログ14周年

数日連続で来襲したマルウェア誘導メールの後で、「セキュリティに注意を」という題名のマルウェア誘導メールが来る、という事態に、あらためて"インターネットの光と闇"ということを考えたTristarです、こんばんは。


ココログと、1日遅れで始めたこのブログは、14周年を迎えました。

意味のあるなしはともかくも、ずっと(移転なしに)続いているブログがどれだけあるのだろう?と思いますが……
手芸や園芸の方面だと、それこそネットのない頃から(リアルの)展示会-ホームページ-ブログ、そして今や動画、と続いている方々も少なくないのだとか。
ネットに頼らないのがいちばん強い、ということでしょうか(笑)。


話は変わって。

本邦に限らず、政治的・思想的に極端な物言いと、それを助長するためのデマニュースが、オープンなインターネットにあふれる時代になってしまいました。

"わるい熱狂"に塗りつぶされて、
極端をエスカレートさせていって、
ただただ増幅させた自分のヘイトを一方的にぶちまけるだけで、
「他愛無いことで普通に話をすること」がどんどんできなくなってしまいました。


……さて。

先日来、どこかで「冷笑的な態度は何も生み出さない」なる批判がホットワードになっていました。
たしかにそうかもしれませんね。

でも、そうだとしたら。
政治的・思想的に極端な物言いと、それを助長するためのデマニュースに対しては、声高にアツく反論するのではなく、
冷笑的な態度で接することが、わるい熱狂を生み出さない唯一の方法であるかもしれません。

極論には、皆で冷笑的に接しましょう。そして積極的な冷笑の声を。

これ以上わるい熱狂を生み出さないために
これからもわたしは、世事批評に対して、冷笑的なスタンスに立ち続けたいと思います。


明日も「平穏なインターネットで、平穏に」あなたとコミュニケーションができますように。




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2016.12.02

なんとか生きてます──ココログ13周年

この文章を投稿する時点では、この文章を投稿できる程度には生きてます。
ココログは──そして1日遅れで始めたこのブログも──13周年を迎えることができました。


何年も前からどう見ても敗残兵としか言いようのない存在だったにもかかわらず、あの人もこの人もみんな消えていった、昔日のコミュニケーションをもう一度、と書き続けてきたわけですが、
ひとの興味は移ろいゆくもの、十年も同じ場所で続けるほうがオカシイともいえるわけで(まさか否定はできまい?>同輩各位)。

ブログなるものにわりと早い段階から飛びついて、振り返れば先行利益をそれなりに享受できていたんだな、と今になって思うわけですけれども、
衰退期になってもまだしがみつく者を"アーリーアダプター"と定義できるわけもなく、自分(達)は一体何と呼ばれるのが似合うのでしょうか?

先月ついに日間アクセス数「1」という最低記録を樹立するに至り、さすがに潮時かと思い始めつつも、自分の意志で止める理由もことさら見当たらず。


この文章を投稿する時点では、この文章を投稿できる程度には生きてます、と、ただそれを報告するだけの周年エントリでございます。

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2016.05.28

Oldies but Goodies

タイトルの叫びには心から同意するんですよ、
ましてや私はもっと先鋭的に「消費者然とした個人ユーザーがカネ稼ぎに走るなんざ"さもしい"以外の何物でもない」って立場だし。

「営利目的のカキコミ」は禁止です。(2015.11)

だからネガティブな反応するのは丸2日迷ったんだけど、
なにかの手段じゃなく『ブログする(=自分の書きたいことを書く)ことそのもの』を目的とする、そういう姿勢のブログがいまから増えて、かつ、その姿勢を尊いものだと多くの人が認めてくれる、そんな時代がくる、なんて思えますか?

「その人にしか書けないこと」が読めるのがブログであって欲しい: 不倒城

「俺が!俺が楽しいから!俺にしか書けない、この記事を書いてるんだ!!!!」

というくらいに、俺の俺による俺感が溢れたブログが、ブログ界隈にどんどん増えていくことを、願ってやみません。
何よりも、私自身が「ブログの読者」であり続ける為に。

("不特定のだれか"に読まれてほしくて)自分の言葉を書く、それをブログというのなら、どんなに引っ張っても、そのブームは2000年代で、すでに……。

……それでも、というのなら。
自分にとって面白いブログは自分で発掘して、読者であり続けようというのなら、育てないと──そのブログが"不特定のだれか"に読まれてほしいと思っていることが前提ですけれども。
2016年の今、どういう距離感がいいのかわからないけど、折に触れてTwitterからリンクするくらいが精いっぱい?
もちろん、一番いいのは、いにしえの(!)ブログ・コミュニケーションの作法であるところの『言及してトラックバック送る』っていうやつであって──ブームが去ったおかげで、いわゆるスパムトラバもほとんどなくなりましたし(※個人の感想です)。

だからせめて、わたしたち絶滅危惧種であるところの「個人ブログ」相互で言及しあったり、そういう意味での"互助会"はあってもいいかなと思ってはいるんですけど、この界隈ですら感覚失ってしまって、トラックバックなんてむやみにできなくなってるじゃないですか、あなたもわたしも含めて(苦笑)。
(はてなブログに逃げて、はてなのドメインの中でキャッキャやってる古参連中は知らんよ、システムとしてトラバ機能排除した場に引っ込んでおいて"コミュニケーション志向"の看板掲げたままとか、自己矛盾も大概にしやがれ)


繰返しますけど、ブログが(経済的な)なにかの手段じゃなく『ブログすることそのもの』を目的としていたのが多数派だった牧歌的な時代が、さすがに戻ってくることはないでしょう。
J-POPの歌詞ではボロクソに言われる(笑)ところの「昔は良かった」という思い出を抱えたままで、自分たちのリアルを生き続けるより他ないんじゃないかと、わたしはそう思っています。

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2015.12.03

今はただ、エンドロールを見る日まで──ココログ12周年

ブログを始めて3ヶ月やそこら、どころか、ときにはほんの3週間ほどで、わかったような雑感エントリをものしているブログを見ると、「愛いやつ★」なんて思ってしまうTristarです、こんばんは。

……まぁ、だれしも通る道、ですわね。
ここにも、こうして12回目の周年エントリを書いているひとがいます。


ココログと、そして、1日おくれで始めたこのブログも、12周年の日を迎えることとなりました。

もう、年に数エントリというアクティブとはとてもいえないペースに落ちてはや数年、
図らずも「大いなる遺産」となった以下の『3大雑学エントリ』でアクセスを維持している状態。

しらない間に訴えられて被告になっていたでござる、の巻(2010.05)
胸骨圧迫(心臓マッサージ)に最適なBGMを探せ【J-POP編】(2011.11)
【季節の?トリビア】『大掃除』は法律に規定された義務でございます。(2008.12)


ネット&ブログで起こるあれやこれやを書くブログは激減し、言及しようにもできる相手はすでに無く。
……2010年代にブログデビューしたひとにしてみれば「しらないだれかに言及される」なんて、もしかしたら恐怖でしかないのかもしれませんが(苦笑)。

毎年の繰り言もアレなので、コミュニケーションどうこう、とは書かないことにします。


今はもう──って前にも書いたかもしれないですが──自分が使っているそれぞれのサービスが終了するその日まで、自らアカウント消去する事態に陥ったりすることのない、そんなネット人生を全うしたいと、ただそれだけの想いでいます。

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2015.11.04

「営利目的のカキコミ」は禁止です。

──『「嫌儲」と呼ぶなかれ、「純潔」と称呼すべし。』改題

21世紀どころか、2010年代にネットデビューした諸兄姉には何のことか理解できないだろうけどね……

かつてのパソコン通信では、特に許可されない一般ユーザーが「営利目的で参加する」ことは(たいていの事業者あるいはホストでは)厳しく禁じられていました。

『「営利目的のカキコミ」は禁止です。』
わたしが始めた1996年冬の時点では"原則"程度の扱いになっていましたが、そのころ数多出版されていたハウツー本の中のコラムなどの記述を見るかぎり、それ以前においては、ユーザー同士の"相互監視"も含めてほんとうに厳しい『掟』であったようです。

ですから。
(少なくとも日本の)ネットコミュニケーションにおいては、その出自にかんがみて、
「一般ユーザーが──"一般ユーザー風情"が──その借りたスペースになにかを書くことで直接に稼ごうとする、あるいは将来の稼ぎ目的に使えそうな情報and/or人脈漁りにシャカリキになっている」ことに不快感を示すのは、
まことに正当かつ正統な感情
であります。

ましてや他人にもそういう(テメェの稼ぎ目的の)使い方をすべきなどと力説し、
さらには稼ごうという気のまるでない「ただ楽しむ目的」の層を陰に陽に見下すが如き物言いをするなど言語道断!

たとえば。
ブログで本1冊紹介するのに、その題名または書影(表紙画像)に付けるハイパーリンクが、版元(出版社)サイトの書籍紹介ページではなく「amazon.co.jpで始まり個人idらしき記号で終わる長ーいurl」でなければならない、その根拠は何か?
「合法的に書影を貼りたいだけ」、そんな言い訳は見飽きた。
わたしは今までのすべてにおいて「版元に」リンクした。

本の紹介と書影画像が同一エントリ内でセットでなければならず、かつアフィリエイトしなければならない根拠が「稼ぎ目的のエントリ」以外のどこにあるのか、答えてみろ!

または。
夢見るだけならまだほほえましいが、本当にブログがきっかけで本を出しただと?ビジネス人脈と仕事を得ただと?

……そういうのが、かつて厳しくご法度であった「営利目的のカキコミ」なんですよ。

だいたいが、無料(もしくは低廉月額)で、いかにも全くの「消費者」を装ってホスティングされておきながら、実際は銭勘定してます、なんて、さもしいの4文字で表現する以外のなにものでもない。
ブログで稼ぎたけりゃ、せめて正しく「ビジネス向けプラン」(として契約できるホスティング事業者)でブログしやがれ。


もちろん、時代は移り、そのホスティング事業者において規約などで明確に禁止されていないかぎりは、当然どう使おうとダメ出しされる謂れはないのでしょうが、しかしながら……
一見趣味娯楽メインのようでいて仲間とつるんでおバカな掛け合いを表向き全力で楽しんでいたりしながら、実は「切磋琢磨」志向だった、とか、「使エソウナ人脈漁リ」してた、とか、そんなんいちばん『やらしい』わ、と思うんですよ。不純ネット交遊やん。
(かつて某所へ軽いノリで絡みに行ってえらい怒られた怨みも無くはないですが)


「何のために」ネットコミュニケーションをしているのか、という問いが浮かぶ時点で、すでに"汚れている"のです。
『コミュニケーションそのものを目的』とし、楽しむことこそが、ネットで何かを書き、交流する態度としてもっとも純粋なのです。


──という予定稿を寝かせたまま数年、いまやすっかりブログからコミュニケーション色は消えましたが、それでも。

「嫌儲」という、どこかネガティブな響きを持つ命名には強烈な不満を表明し、
書き込みで稼ぐことを忌み嫌う感情に対しては、出自に忠実であることを、好ましくは「純潔」と称呼され敬せられることを願うものであります。

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2015.04.23

ダークサイドに堕ちないで(Twitterと過ごした7年)

ったく、もう……
公式からして #統一地方選 のハッシュタグ作って、さらに #選挙に行こう ってかい。
アメリカ(生まれ)のいち私企業に、そんなこと指示されたくはない!
大きなお世話じゃ(Googleもやで!)。

そしてそれは「ダークサイドへの第一歩」ではないのですか。


以前から何度も繰り返し繰り返し書いてきた(リンク先はほんの一例)けど、(リアル世界の)政治/選挙に関わろうとするなど、どうか踏み止まっていただきたい。
向こう側からの要請に対して場所を貸してあげる、ならまだしも、自らすり寄る・主体的に関わろうとするなど。

幸いなことに「いま現在は」かつて憂慮したほどには本職の側で本気で活用しようという状態にはないようですが……


十年ほどの昔になりますが、
「ウェブの希望」を語ったいくつかの著書で日本のネット世界を席巻したものの、「残念」の捨て台詞を遺してオープンな舞台からお隠れあそばされた"職業オプティミスト"さんが存在しておりまして。

その彼の御著書に曰く、
『ギークは"スター・ウォーズ"の世界観に依拠する共通言語を持っている』

とのことでしたが、それは嘘でしたか。
それとも「残念なウェブ」の技術者からは消え去ったのですか。

あの映画から──特にEpisode1~3から──導き出されるものがあるとするなら、政治に色気を出すというか、自分たちが主体的に関わろうとする野心、それこそが「ダークサイドへの第一歩」だ、ということではないのですか?
光明面を保つためには、ある程度浮世離れ(憂き世離れ)しておかないといけない、ってことではないのですか?


それぞれがいち私企業にすぎないウェブサービス各社に「無色透明であること」を求める、というのも過剰すぎる期待であるのかもしれませんし、ユーザーが無料で使えていることの意味を考える必要はあるのですけれども、
カジュアルに使っている、オープンを標榜している、それぞれのサービスが実はなんらかの党派性を持っちゃってたりするとか、特定のイデオロギーに深くコミットしている、もしくは排除している、なんていうのは、「見たくない光景」です...よね?


……ということで、Twitterのみならずネット業界の皆々様には、今一度、「政治との距離」というものをご確認いただきたく。


──Twitterをはじめて7周年の日に。

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2015.02.19

逆に『何年も見ているような個人ブログ』しかないです。

もう何年も『ブックマーク(←ソーシャルじゃなくて、ローカルの)にあって、定期巡回している』ブログしか見ていないです、ほとんど。

何年も見ているような個人ブログってある?(はてな匿名ダイアリー):

好きだからだとか、なぜか何年も見てしまっているだとかで。

わたしもココログ初期組ですけど、あの頃の「ブログ黎明期」にブックマークに加えてそのまんま、という巡回先ばかりですね。
結局「RSSリーダー」なるものは使わずじまいで、毎日毎日、ブラウザの"ブックマーク"メニューからたどり続けて10年余。

で、なぜかっていえば、うーん。
あえていえば、(誰に強制されたでもなく)自ら選んでブックマークに入れたからには、……ってところですかねぇ。
その「巡回に入れた自分の選択」が間違っていなかったと信じたいから読み続けてる、みたいな(笑)。

前稿はじめ何度か書いたけど、新規開拓をしていない(いま確認したら少なくとも7年半以上新規に巡回に加えたブログがなかった...!)から、実稼動リストは痩せる一方で。
いわゆる個人ニュースサイトやソーシャルブックマーク経由で覗きに行くことももちろんあるけれども、自分にとってのメインは
、勝手に義理を感じて一方的に親近感を持っている、『いつもの巡回先』です。それがどこかはここで書かないけど。


もし、「その人目当て」で長く見ているような個人ブログがあるのでしたら、「なんでその人目当てで見ているのか」を教えていただきたい。

昔書いたことがあるけれども、
個性の実力-「理想のコミュニティ」改題(2006.03)

そりゃー、読んでいて自分に心地いいからの一言に尽きるんじゃないですか。
信仰じゃあるまいし、エントリの全部が全部頷けるものではないし何書いているのか理解すらできないエントリもあったりしても、なんか"合う"ものが感じられるからでしょう。
理由?「好きな理由」って、なかなか言語化できませんよね?
そういうこと。……に、しておいてください(笑)。

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