2017.12.02

あしたの平穏のために─ココログ14周年

数日連続で来襲したマルウェア誘導メールの後で、「セキュリティに注意を」という題名のマルウェア誘導メールが来る、という事態に、あらためて"インターネットの光と闇"ということを考えたTristarです、こんばんは。


ココログと、1日遅れで始めたこのブログは、14周年を迎えました。

意味のあるなしはともかくも、ずっと(移転なしに)続いているブログがどれだけあるのだろう?と思いますが……
手芸や園芸の方面だと、それこそネットのない頃から(リアルの)展示会-ホームページ-ブログ、そして今や動画、と続いている方々も少なくないのだとか。
ネットに頼らないのがいちばん強い、ということでしょうか(笑)。


話は変わって。

本邦に限らず、政治的・思想的に極端な物言いと、それを助長するためのデマニュースが、オープンなインターネットにあふれる時代になってしまいました。

"わるい熱狂"に塗りつぶされて、
極端をエスカレートさせていって、
ただただ増幅させた自分のヘイトを一方的にぶちまけるだけで、
「他愛無いことで普通に話をすること」がどんどんできなくなってしまいました。


……さて。

先日来、どこかで「冷笑的な態度は何も生み出さない」なる批判がホットワードになっていました。
たしかにそうかもしれませんね。

でも、そうだとしたら。
政治的・思想的に極端な物言いと、それを助長するためのデマニュースに対しては、声高にアツく反論するのではなく、
冷笑的な態度で接することが、わるい熱狂を生み出さない唯一の方法であるかもしれません。

極論には、皆で冷笑的に接しましょう。そして積極的な冷笑の声を。

これ以上わるい熱狂を生み出さないために
これからもわたしは、世事批評に対して、冷笑的なスタンスに立ち続けたいと思います。


明日も「平穏なインターネットで、平穏に」あなたとコミュニケーションができますように。




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2017.10.20

投票に関する「いい子発言」圧力と、危険な棄権デマに震える。

投票日が近づくと沸いてくるんですよね、

「自分が票を投じても(思うようには)何も変わらない」
当たり前やろ、その1票で変わるようなら、あんたすでに一般人ちゃうわ(笑)

……そこで。
おまえの願いを通したけりゃ「闇将軍」「フィクサー」「財界総理」目指してのし上がれよ!なんてゲキ飛ばすひとの10人や20人、居てもいいんじゃないの、と思うんですけどねぇ??


回答が揃いも揃って「それでも選挙には行きましょう」って、もうね。

日常どれだけふざけて、どころかモラル逸脱上等な発言繰り返していてさえも、投票行動──ただし国政の、しかも総選挙限定──についてだけは、揃いも揃って「道徳的」「優等生」発言しかしない(できない)、のは見ていて痛々しいんですが。

そういう発信しか許されない"暗黙の同調圧力"を、何とも思わんのかあんたら。

それが怖くて怖くて、ほんと身も凍りますわ。


「それでも選挙には行きましょう」、そこまでで抑えているなら別にいいんですよ。天下の正論だ。
だけど、これまた投票日が近づくと沸いてくるんですけれども、

棄権や白票は白紙委任に等しいから、今後そいつは政治(家)について一切の物申す権利を失うんだとか、そういう悪質なデマは断じて許されませんよ
日本国憲法第十六条(前段)に自分勝手な前提条件つけんといてくれるか?

闇将軍はともかく、そして選挙をないがしろにしていいわけじゃないけれども、
政治への参画は、自らの影響力の行使は、なにも選挙に行くだけじゃなかろうが。
ましてやモノ申す資格として「毎回選挙に参加し、かつ有効票を投じることが前提になる」とか、いいかげんなデマをまき散らすのは止めてほしい。


知っていますか?
物申すやり方、権利の行使のやり方、というのもいろいろあるんですよ。
たとえばなにかの圧力団体(という単語は義務教育で習ってるはず)に属することで要望を伝えていく、というのも真っ当な道のひとつ。
陳情や請願や署名を出したとして、だれかがそいつの選挙権行使履歴をいちいち照査するの?

選挙棄権したら政治に対して一切の物申す権利を失うんだとかデマをまき散らす馬鹿者どもへ。
日本国憲法第十六条を一読(できれば声に出して三読)したなら、己の不明を恥じて即時取り消していただきたい!
相当えげつないデマ言説じゃないんですかね、これ。
道徳もちだして他人の権利を、ましてや憲法に保障された権利を奪いにかかるとか、ほんと止めてほしい。


同調圧力かけてなにがしたいの?なにかいいことあるの?
……いいことあるんならイッチョカミさせてよ、しょーもないデマでも黙っといてあげるから。

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2017.08.02

電子書籍や配信音楽における版管理について【素朴な疑問】

電子書籍になっても、誤字はやはり「誤」としか表現されないのでしょうか(笑)。


古書であれ新刊であれ、紙の本であれば「初版マニア」は一定数存在します。
逆に、辞書は初版本は避ける、というひとも居るようです(誤字やミスのリスク回避だそうな)。

また紙の本の場合、重版や文庫化に際しては、加筆修正は当然のように行われますが……

電子書籍の場合、こういった「版管理」とその「入手権」ってどうされているのでしょう。買ったことがないのでわからないのですが。
やはり「奥付」があって、『2017年8月2日 第三版』なんて表記があるのか(第4刷、はありえないけど)。
ものすごい勢いで修正版が出て版数すごい数字になっていたりしないのか。
でも引き続き読めるのはあくまで「ダウンロード購入した時点の版」だけなのか。


……さて。
いままではリリースされたといえば「円盤に信号が物理的に固定された」ものであった音楽も、データとして配信されるようになり、なかには「配信限定」というものまで出てきたわけですが……

いったんリリースされた以上、従来通り微修正さえもすることってないのでしょうか???

たとえば、
「ミックスに"技術的修正"を加えた『Ver.1.05d』」とか、
「歌詞の"てにをは"を変えた『第二版』」とか。

データになった以上、そういう発想もアリだとは思ったのですが、ニュースの観測範囲では見聞きしないので、世界規模で実例有りや無しや?と、ふと。


べつにだからどう、ということはない、素朴な疑問です。

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2017.05.14

よのなかにSNSのなかりせばひとのこころはのどけからまし

生活のためにブログ&ツイートしているわけでは断じてないし、
「営利目的のカキコミ」は禁止です。(2015.11)
ブログ&Twitterのために生活しているわけでもないのですが、
書くネタは日々の暮らしからしか出てこないのもまた本当のところで、
読んだニュースに、見聞きしたできごとに、「このネタいただき!」とごく自然に考えてしまうようになって幾年月。

一日を終えてやっと「自分のパソコン」でTwitterにログインしたあとで、今日ツイートするネタが無い(あるいはその時間にはきれいさっぱり忘れている──わざわざメモするのもアレだし)ことに焦るのもよくあることで……というのはある程度共感いただけるのではないかとささやかな承認欲求を吐露してしまうわけですが(笑)。


幸か不幸か"自分のリアル知り合い"と"自分のネット嗜好"が重なることがないので、
リアルで話せりゃ、ブログは書かぬわ。(2014.03)
そのぶん「承認されなければという焦り」や「ムリヤリでもいいね!する義理」からは縁遠いのですけれども、
世間一般──リアルとネットが直結しているひとたち──の、日々の焦りや負荷というものは相当のものなんだろうなぁ、と、街を歩けばちかごろのポスターによくある「とにかく単語の前に#つけてハッシュタグ化」を見るたびに思ったりするのであります。


表向きは喜々として自発的に──でもホンネでは頑張って無理をして──競ってプライベートをSNSに曝すことで、危険を買って、ビッグデータに無償協力をして。
『バカッター』よりも恐ろしいこと(2014.04)
「フツーの人」ほど、自分を高く売るべきだ。(2012.03)
その先に何が待っているのでしょうか?

これはどこまで続いていくのでしょうか。
どこかで反動がくるのでしょうか、
それともエスカレートしたままなんでしょうか。

SNSがなければここまでは……。
しんどい時代ですね。

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2016.04.23

「包丁が悪いわけではない」、けれど(Twitterと過ごした8年)

なにか災害が起こったりすると、ちかごろはもうTwitter社自身が「情報インフラであれ」と張り切るようになりましたが、
そこはアメリカのいち私企業の"私物"ですから。

使う側も「ちゃんとした情報」だという送り手の自負があるなら、「きちんとオーソライズされた組織しか取れないドメイン」の下で発信してくださいよ、そんなところで【拡散希望】していないで!


……さて、いくら「娯楽のプラットフォーム」だとしても、本邦の現行法規は守らないといけないわけですが。

あまりにもカジュアルに──かつ大量に──著作権の観点からは限りなくクロに近い画像ツイートがあふれるようになった、この一年でした。

日々もう、
放送かアニメソフトか知らんが画面のキャプチャも、
マンガ本のあるカットの写真(これも電子書籍のキャプチャ?)も、
溢れるように上げるひとがいて、
溢れるようにリツイートで拡散されておられる。

「実態にそぐわない悪法は既成事実で圧倒して空文化してしまえ」という意志があってのことなのか、
公式に、名指しで、警告受けたら悪態のひとつふたつと引き換えに止めてあげるのか、
みんなが(表面上問題なく)やってるから自分もしてるだけなのか知りませんけれども、
せめて本邦の現行法規に照らせばなにがしか後ろめたい行為、って自覚だけはあるんですよね?
なにも考えてないの?まさか。

おそらくは、道具は悪くない、いわゆる『「包丁で人を刺したからといって包丁が悪いわけではない」理論』で反論されるんでしょうけれども、
画像つきツイートという機能が、その道具が悪いわけではない、とはいえ、
ここらへんで相当に強力な警告を出しておかないと、なんか妙なとばっちり受けそうな気がするんですけど、ねぇ……。


──Twitterをはじめて8周年の日に。

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2015.04.23

ダークサイドに堕ちないで(Twitterと過ごした7年)

ったく、もう……
公式からして #統一地方選 のハッシュタグ作って、さらに #選挙に行こう ってかい。
アメリカ(生まれ)のいち私企業に、そんなこと指示されたくはない!
大きなお世話じゃ(Googleもやで!)。

そしてそれは「ダークサイドへの第一歩」ではないのですか。


以前から何度も繰り返し繰り返し書いてきた(リンク先はほんの一例)けど、(リアル世界の)政治/選挙に関わろうとするなど、どうか踏み止まっていただきたい。
向こう側からの要請に対して場所を貸してあげる、ならまだしも、自らすり寄る・主体的に関わろうとするなど。

幸いなことに「いま現在は」かつて憂慮したほどには本職の側で本気で活用しようという状態にはないようですが……


十年ほどの昔になりますが、
「ウェブの希望」を語ったいくつかの著書で日本のネット世界を席巻したものの、「残念」の捨て台詞を遺してオープンな舞台からお隠れあそばされた"職業オプティミスト"さんが存在しておりまして。

その彼の御著書に曰く、
『ギークは"スター・ウォーズ"の世界観に依拠する共通言語を持っている』

とのことでしたが、それは嘘でしたか。
それとも「残念なウェブ」の技術者からは消え去ったのですか。

あの映画から──特にEpisode1~3から──導き出されるものがあるとするなら、政治に色気を出すというか、自分たちが主体的に関わろうとする野心、それこそが「ダークサイドへの第一歩」だ、ということではないのですか?
光明面を保つためには、ある程度浮世離れ(憂き世離れ)しておかないといけない、ってことではないのですか?


それぞれがいち私企業にすぎないウェブサービス各社に「無色透明であること」を求める、というのも過剰すぎる期待であるのかもしれませんし、ユーザーが無料で使えていることの意味を考える必要はあるのですけれども、
カジュアルに使っている、オープンを標榜している、それぞれのサービスが実はなんらかの党派性を持っちゃってたりするとか、特定のイデオロギーに深くコミットしている、もしくは排除している、なんていうのは、「見たくない光景」です...よね?


……ということで、Twitterのみならずネット業界の皆々様には、今一度、「政治との距離」というものをご確認いただきたく。


──Twitterをはじめて7周年の日に。

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2014.04.22

『バカッター』よりも恐ろしいこと(Twitterで過ごした6年)

周年とは何の関係もないかもしれませんけれども……


もちろん、ブログブームの昔から、どこに行きました、なに食べました、と逐一写真を上げるひとたちの存在は当たり前にありました。
いまも、不用意に自宅あるいはその周辺の写真を公開することへの苦言はたまに見られますが。


Twitterの時代になって、まぁその中でも変遷はあり、現在のわたしのTLでは『I'm at ○○○』と『○○○にタッチ!』が優勢ですが、総称してジオタグ(giotag)と呼ばれるサービスをカジュアルに使うひとが激増しました。

なぁ、あんたがた。
何がしたいの?襲われたいの?

いわゆる『バカッター』、犯罪告白系のそれを「公開の場でそんなこと書く愚か者」と嗤うそのひとが、片方ではせっせとその指でリアルタイムの位置情報を発信し続けている、というのは、どう考えても矛盾やろ、違うか?
『事件』が起こらないまま、ずーっとそれが蓄積されていく、っちゅう点で、『バカッター』よりよっぽど恐ろしいことやと、なんで気づかへんの?

それを、昨日今日ネット始めた──ということは、自分のツレとのみしかつながることを知らない──連中はいざ知らず、わたしよりもネット上のキャリアがはるかに長く、かつはるかに濃いひとびとでさえうれしそうに使っている、というのがどうにも理解に苦しむところ。

写真上げるならExifの日付とGPS情報は消しとけ、とか、
旅の感想書くなら時系列シャッフルしとけよ、とか、
いまの時代に「公開の場でなにかを書く」にあたっての危機管理の基本の基本じゃないんですか。

昨日今日のひとはともかく、ベテランならベテランの矜持として、そこらへんの意識を持っといてほしいんやけどなぁ。
なんでもかんでも座標つき、って流れ、考え直してくれへんかなぁ?




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2013.04.23

入口の、「作法の議論」が、消えた場で。(Twitterと過ごした5年)

……せめてわたしたちの余生をお互い楽しく過ごしましょう、なんてね。


わたしのTwitter歴もまる5年になりまして。
累計6000ツイート強。ちょうど3年で3900だったことを思えば結構なペースダウンではあります。

今年は周年記念でなにを書こうかと思ってふと考えると……

『「Twitterつまらない」というグチに対して「そのTLを作ったのはおまえ自身の選択の結果だろうが」という批判』

という、何度も何度も繰り返された様式美(笑)も近頃はめっきり観測範囲にでてこなくなったなぁ、ということに思い至りまして。

最近になって始めるひとはそれをしっかり自覚して始めるようになった?
そんな馬鹿な。


ブログが"ブログ作法"で盛り上がらなくなってはや幾年、SNSも。
入口の「作法の議論」が消えたということは、すなわち新規参入が減ったということにほかならず。
そういう意味で、誰がどう取り繕おうとしても、成熟・衰退期に入ったと結論づけられます。

現時点で「次」がそれほど話題になっていないこともあり、急に閑古鳥が、ということにもならず、来年のこの日もまた似たようなことを書いているかもしれませんが──ただし、わたしがアクティブでいられれば、ですが──

ひとの情熱は長くは続きません。
やがてTLから一人抜け、二人抜け、
いまは"ウザくない絶妙なペース"で挿入されるプロモーションツイートと、
そして今夏からは選挙運動絡みのツイートに席巻されていくのかもしれません。

コトが決まってしまった今となっては昨年のような調子で書く気にもならず、つまりは自身の衰退期でもあるのですが(苦笑)、

TLに「居心地」を見つけたわたしたち同士、せめて穏やかに残りの日々を過ごしたいなぁ、と、そんな心境の5周年エントリであります。

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2013.04.20

そんな議員を選んだ覚えはない!

基本的にリアル世事のことを持ち込みたくはないのですが、これはひどすぎる。

(NHKニュース)ネット選挙解禁 改正法が成立

ましてや衆参ともに「全会一致」だという。

近年は──ぶっちゃけ選挙ネタ書く資格として──投票には行くようにしていたわけですが、
こんなことに賛成するような議員を選んだ覚えはない!!

悲しすぎる。
誰ひとり「インターネットである」ことの意味を分かっていなかった?
そんなことはないでしょうに……


未成年は選挙運動禁止?
なりすましや中傷にはプロバイダ責任制限法で対応?
違反者は公民権停止に処する?

寝言は寝てから言え。

発信元が「公民権を停止されていない成年」であると、いちいち誰が担保できるの?

「賞賛」と「ホメ殺し」を誰がどう区別して、後者だけを確実に規制できるの?

プロバイダ責任制限法ってあんた、日本国外開設のサイトに対して誰が何の権限で削除命令を出せるの?

公民権停止がどうした、日本国籍でない者に何の意味があるの?

特定近隣アジアの、政府から庶民に至るまで、本邦を都合のいいように操ろうとする意志も技術も充分にあると日々警告されていらっしゃるのではなかったんでしたっけ、ネットにあふれる(自称)愛国者のみなさん?)

空文にもほどがある。

繰り返しますが「インターネットである」ことの意味をこういう時だけ綺麗に忘れるとは、揃いも揃ってなんという愚か者か!


見るもおぞましい罵詈雑言にあふれたサイトが林立し、
なりすましの中傷もしくはホメ殺しメールが大量に降りそそぎ、
それらに釣られてさらに吹き上がる、

そんな未来を誰も、誰ひとり想像しなかったとでもいうのでしょうか?


どんなひどい状態になっても、それで──さらに、その危機に乗じて──儲ける組織と人がいる限り、
「道具は悪くない、悪用する人が悪いのだ」論法で、もう元に戻ることはないのでしょう。

(日本の)ネットコミュニケーションの世界が、こんな形で政治に蹂躙されるようになるなんて、本当に思ってもみませんでした。

あまりにも情けなくて、
あまりにも悲しい節目。

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2012.05.22

一酸化二水素にも一分の理、の巻。

まとめを見た限りでは「本気で」釣られていたとは思えない……のはわたし自身の願望が投影されたからか(各人のその後(のツイート)を確認してはいない)。

各地の水道水から一酸化二水素が検出されましたw - Togetter

まぁ、でも、ねぇ。
『リテラシー』を国語力と狭義に解釈すると、これは釣られた側にも一分の理がありませんかね、という。

だって、『検出』という言葉の意味はですね:

微量の成分などを検査して見つけ出すこと。
by デジタル大辞泉

(微量の物質・成分などを)検査して見つけ出すこと。
by 大辞林

となっていることからして、
主成分を、まして圧倒的な主成分を「検出」と表現するのは通常の日本語として絶対的な誤りでありまして。
#分析化学の表現としても主成分を「検出」はありえないですよね>その道のみなさま

何かしら微量の成分、と解釈する方が合理的、むしろ日本語としては正しいのですから(笑)。


それに……
おいらも理系のはしくれ、みんなそれくらい知っといてーや、と思いますけれどもですね、
「水はH2Oですね、Hは水素でOは酸素ですね」まではともかく、
それと「(水素の)酸化物」という表現(および理解)との間には相当の高い壁があるような気もいたします。

そこまで知っとけ、というのはもしかしたらこっち側(理系)の傲慢かもしれなくて。


これ単独の話であれば日本語として破綻していますので「下の下」ですけれども、たぶん世の中にこのレベルの詭弁(?)はあふれているような気がしなくもなく、またこの類の発生も爆散も「予防」は出来ないわけで(だからネットで選挙運動なんて断じて(以下略))、
むずかしい時代に生きているなぁ、と思うわけでして。


おもろうて やがて哀しき ネットデマ。

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