ネットに熱気があるかぎり
燃焼の3要素:可燃物・酸素・熱源。
いづれかが欠けては燃焼は継続し得ない。
ネットにおける炎上の3要素:ターゲット・場の空気・熱気。
"痛い"書き込みがあっても、その"痛さ"を嗤う空気があっても、
その熱気が臨界に達しなければ炎上し得ない。
逆にいえば熱気が更なる熱気を呼び寄せるのだろう。
炎上ではなく、ターゲットへの[これはすごい]というポジティブな感動であっても同じこと。
"熱気の集積"がなければ話題にはなり得ない。
で、
2ちゃんねる型「正義感」のいやらしさ [絵文録ことのは]2007/01/13あたりを読んで思ったのだけれども、
"集積した意志の熱気"が善意か悪意か、と結果としての毀誉褒貶に相関が無いとするのであれば、
ネットに熱気があるかぎり、炎上のような不幸は防ぎ得ないのだろうと思う。
不幸を防ごうとするなら、
あらゆる熱気を醒めさせなければ。
およそすべてのモチベーションに冷や水を。
過ぎた善意は暴走を招き、
過ぎた期待は失望を生むのだから。
……無理、でしょうね。
危険を喧伝して進歩の芽をつぶすとは、などと「前向きな方々」は嘆息されますが、"ささやかな営み"が続くことが全て、であるようなわたしたちにしてみれば、『進歩には犠牲が伴う』などという"俯瞰からの視点"のもとに犠牲になるなど御免こうむりたいのですが。
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