しなやかに飛べたら
数打ちゃ当たる、数を打たなきゃ当たらない、どっちかはともかく、
しなやかにいろいろなコトを試せばいいのかもしれないですけど……
やる気はあるけん、
体がついてこん
ってなにかの栄養剤のCM。たぶんまだ昭和だったころ。
北の大地から送る物欲日記 - 求めよ、さすれば与えられん:
ネット上で自分の安住の地を見つけられるか、なかなか見つけられずにもがき苦しむか。
この一言で終わってしまう、というくらいに図星で。
まぁ、もがいているといえるほどあちこち頑張ってはいないのですが、
ともかく、我に安らぎを。
ただ……ここの優先順位も今更下げ難い、というか(苦笑)。
記憶の中にある楽園、これから作っていく楽園 ひとりごと/ウェブリブログ:
流した数に対して拾われたという反応を貰える事は、パソ通時代に比べたら何百分の一かもしれない。
でも「0じゃない」。
なんですよね。
というか、ごめんなさいごめんなさいごめんなs
あんまり絶望を綴り続けるのも「今」ここを見てくださっている方々にはなにかと申し訳なかったりするわけですが、しかし彼我の差が存在しないが如き一般論としての希望にはいちいちつっかかりたくなるわけでして(しどろもどろ)。
……ともかく「0ではない」だけに、「いつかは~」という期待から抜けられないのも事実で。
ただ、どこにせよ、見つけた安住の地が永遠ではないことにも私たちは気付いてしまっているわけで、"ネットに住む"限りは終わらない彷徨を続けなければならないのかもしれませんね。
かといって何でもかんでも手を出してみるというのもデメリットがあるし。
前に書いた→CRM - Communication Resource Management(2007.04)
北の大地から送る物欲日記 - 求めよ、さすれば与えられん:
あのニフティの黄金期を支えていたような人たちは今でも存在してて、そういう場所を探し求めればいつかはたどり着ける。そんな風に思っています。
ほんとにあの人たちはどこへ行ったのだろう?と思いますね。
いろいろ分析はあるのでしょうが、なにより「歴史は逆回転しない」という点において、ああいう「大きな場」が戻ることはたぶん無くて。
でも、懇意にしていただいていた方々の半分くらいとはいまでも辛うじてつながりを保ってはいるのですが、逆に言えばだからこそ、
終わりを告げた楽園にすがるのはやめにして
というわけにもいかなくて、
他のウェブサービス愛せればいいのだけれど
それはちょっとできない相談ね
と、そんな気分を昭和のCMで始めて昭和のうたで締めてみました。
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