続・大して変わりばえのないもう一つの世界
テレビで。
被災地のドキュメントだの避難所からの中継だの、そんなもん繰り返したって被災者にも視聴者にも役に立たへんねん、ええからライフライン情報だの他のニュースだの映せや、なんて震災のとき思ってました。
新聞で。
1面トップニュースが巨大すぎて、平時なら載っていたであろう他のさまざまな記事が吹っ飛んでしまうことはよくあります。
同じようにネットでも、
ある一つの話題に席捲されて、平時ならもっと取り上げられていたであろう他のさまざまな話題が吹っ飛んでしまうことは少なくないのかもしれません。
凄いとは思うけど、何か一部のネット界隈だけでこうも凄く盛り上がるということには一種の気持ち悪さを感じる。
ネット「の」、ということではなくて。
ネットがいくら「無限」であろうと「フラット」であろうと、ときに極端な『話題の序列』というのはどうしても出てくるもので、その意味では『大して変わりばえのないもう一つの世界』でしかないのかもしれません。
前に書いたのはこれ→大して変わりばえのないもう一つの世界(2006.04)
この気持ち悪さっていうのは僕は結構前から思ってたことなんですけど、
どうしようもないから諦めるべきことなんでしょうかね?
※「ある一つの話題に席捲される」ことについて:
"世間話はみんな○○でもちきり"というのが文字になったに過ぎず、「ネットの気持ち悪さ」とは違うかもしれません。
国民性とかなんとか、そういう方面からのアプローチが必要かもしれません。
※平時なら取り上げられていたであろう話題が吹っ飛んでしまうことについて:
これは我がことになるとものすごく悔しい思いをするものですが(苦笑)、他人様の興味の方向をコントロールするのはまぁ諦めたほうが無難かもしれません……
※「(自分にとっての)ポータルが興味のないノイズに汚染されてしまう」ことについて:
これは『ネットの「無限」さ』をポジティブに考えると何とかなるかもしれません。
平時から代替のチャンネル、というか、一時避難先、まぁあんまり世事に左右されなさそうな情報元(笑)を確保しておく、とか……。
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