「遠くよりお慕い申し上げております」
そんな感情なのでしょうか?
ずっと自分にとって憧れの存在にしておきたい、ような。
ネットの人と会うことについて - おれはおまえのパパじゃない:
自分の好みの文章を書いてたり、度を超して面白いことを書き続けてたりする人だと、だんだん「いったいこの人はどんな人なのだろう」と思い始める。そしてそれが高じて、「なんかちょっと、一回会ってみたい。飲んでみたい」みたいなね。
ないんです。ない。基本的に会いたいとかビタイチ思ったことない。ずーっと書き続けてほしい、ずーっと面白いものを読ませてほしい、とは思うけど、会いたいと思わない。
「ネットとリアルの峻厳たる区別」という意味では共感するところ大。
→関連:
ただ、画面に映る文字のみで。(2004.04)
画面の枠の中にとどまることを、私は「純粋」と呼びたい。(2008.03)
……だけど、なんとなくニュアンスが違う気がするので。
「会ってみる」と「友達になる」(継続的に交流が続く)は別 - ARTIFACT@ハテナ系:
管理人のアウトプットに関心があるのなら、そのアウトプットが出るまでの経緯や、ネットに出てこない部分などは、直接会えば、いろいろな話が聞けて面白い。
それは一足飛びに「会う」までいかなくても。
SNSだとかTwitter等のつぶやきだとか、そういうところで"あのひとの、ブログとは違う面"が垣間見える、悪く言えば、見えてしまう、ことはよくありますよね。
そこで理想像がガラガラと崩れ落ちる……ことだってないとはいえないわけで。
『「ネット」と「リアル」』で二分できない、もっと細かい段階があるような気がしています。
(たとえばブログという)一ヶ所で気に入っても、そことは別ののノリが支配する(ネット内の別の)世界でも気が合うかどうか。
多対多の世界だけでなく、一対一(メールとか)でも気が合うかどうか、そもそもそれを求めるのか。
「憧れ」のような心理だと、かなり限定した段階で関わりを止めておかないと却って辛くなるような。
「あのひとが(ブログで)紡ぎ出す文字列」と「生身のあのひと」は、イコールではないかもしれません。
→関連:このブログは、「ネットの私」です。(2008.05)
……あなたは、「あのひと」の、どこまでに興味を持ちますか?
ちょっとずつ関連かも↓
おもろうてやがて哀しきネットの縁(2006.08)
オモテで反応?ウラで反応?(2006.09)
冒険者?(2008.06)
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