万人が『娯楽』と認める、その日まで。
その日まで、どうしても真顔で使いたいひと、あるいは扇動に使いたいひとたちとの不毛なこぜりあいが続くのでしょう。
リアルに深刻な影響が出るまえに、どうか皆が、無制限なネットコミュニケーションは『あくまで娯楽の場』である、という共通認識を持たれますよう、切に願います。
デマとツイッター(はてな匿名ダイアリー):
ちょっと見つけてびっくりしたとか(結果として)間違いだったけどそう思ったとかいうことを書いて、それが勝手に広まっていって、よくよく調べてみたらそれは違っていましたみたいなことに対していちいちそんなに目くじら立てなくてもいいのになーとは思う。(中略)
この話をどこかで聞いて、ふと思い出したりなんかして、何かしら思うところがあってpostして、これを聞いて同様にRTしただけで叩かれるなんてどんなディストピアだよtwitter。
ま、デマが広まるのはいけないことだとは思うしリテラシーが大事なのはわかるけれども、もう少し余裕を持ちましょうよ。
「余裕を持」てるのは、それを読んだ皆が皆例外なく──アカウント取らずに眺めているだけのひとも含めて例外なく──俗にいう"ネタ"だと認識できているときだけですよ。
「Twitter」が「2ちゃんねる」よりも嘘に弱い3つの理由 巨大パニックは必ず起こる(はてな匿名ダイアリー):
そして、ここまで拡大していくと間違いなく、なにかしらのパニックが起こりやすい状態になった
この前のジャニーズや、政治的なものが可愛く思えるような全国規模のやつが起こるんじゃないかと思ってる
デマRTの広がりは(まとめで)見ましたが、もうすこし普及すれば、いつまでも「RTしただけで溜飲を下げる」ひとたちで構成されるわけはないのです、あれだけの伝播力のもと、信じたひとたちがリアルに深刻な影響を引き起こす危険はすぐそこに迫っているのですよ。
このままだと俗にいう"工作員"の思う壺、きっとニヤニヤしながら事の次第を注視していますよ。
政治活動でも、災害関連でも、救援要請(人探しとか)でもなんでも、
そういった『真顔案件』は、無制限なコミュニケーションの場に流したとたん、虚実入り乱れてぐちゃぐちゃにされ、終いには大喜利のネタとして消費されるだけであって、ほとんど当初の目的を達成しないばかりかさらに悪い方向に転がす、というのは今まででさんざん学んだことでしょう、違いますか?
「Americaでは……」と残念がるひとはたまに見ますが、あなたがただって本心では日本──正確には日本語文化圏──の"進み切ってしまった現実"を十分理解しているでしょう?
関連→『生存。社会化。娯楽。これが進歩だ。』(2009.06)
無制限なネットコミュニケーションを、
『真顔案件』には使わない、リアルに波及しない、させない。
この三原則を、皆が皆例外なく──ただ眺めているだけのひとも含めて例外なく──弁えるようにならないと、
これだけの乗せられやすさと伝播力をもつ場は、いずれ(とくに政治経済方面の)何かを扇りたいひとたちによって、いいように操られることになるでしょう。
Twitterが意外にあっさり消滅したとしても、似たような、たぶんもっと伝播力の強いなにかがすぐに生まれるでしょう。
そして伝播のはやさはともかく、ブログでも同じことですが。
場の入り口に『ストップ!真顔案件』の看板を立てておかないといけないかもしれません。
……ともかく、いまも続々沸き続ける『「政治活動に使おう」だの「世界を変えよう」だのという勘違いなひとたち』には、一刻も早く考え直していただかなくてはなりません。
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